半坪ビオトープの日記

島根

比奈麻治比売命神社

由良の浜 西ノ島の西から東へ一気に移動するが、途中でまた由良比女神社のある由良の浜を通った。満開の桜が華やかだ。 比奈麻治比売命神社 フェリーの発着する別府港を過ぎると、小さな集落がいくつかあるだけで、最後の集落・宇賀に着く前の草木の生い茂る…

鬼舞展望所、通天橋、観音岩

鬼舞展望所 西ノ島の最南端の尾根は、島前カルデラの外輪山の尾根筋で、鬼舞スカイラインの終点に鬼舞展望所がある。駐車場から牧草地の柵に沿って10分ほど登っていく。 鬼舞展望所から西を見る 南東には赤灘の瀬戸を挟んで知夫里島の赤ハゲ山へ続くが、西に…

由良比女神社、浦郷港

由良の浜「イカ寄せの浜」 浦郷港の少し西にある由良比女神社の向かいに、鳥居と人型看板が立つ風変わりな由良の浜がある。「イカ寄せの浜」と呼ばれるこの入江では、明治・大正から昭和の20年代にかけて、毎年のように冬にイカの大群が押し寄せ、イカを拾い…

焼火(たくひ)神社

隠岐の黒曜石 泊まったホテルのロビーに真っ黒な黒曜石が展示されていた。隠岐の黒曜石は、はるか3万年前から中国地方を中心に新潟や四国地方に運ばれており、旧石器時代から石器の材料として利用されていた。隠岐の黒曜石は、遠くはウラジオスクまで運ばれ…

玉若酢命神社

億岐家住宅 隠岐の島町(島後)の東半分を一周して中心地の西郷に戻る。玉若酢命神社のすぐ左手に億岐家住宅がある。玉若酢命神社の宮司を務める億岐氏の住宅で、享和元年(1801)に建てられたもの。建築年代のわかるものでは隠岐最古の社家住宅である。身分…

浄土ヶ浦海岸、大山神社、黒島

浄土ヶ浦海岸 布施集落の北側に浄土ヶ浦海岸がある。1kmに及ぶ複雑な海岸は島礁の数が多く、多島海岸風景は風光明媚な景勝地で知られる。 浄土ヶ浦海岸 浄土ヶ浦海岸は大きく4つの入江に分かれ、この一番左の入江は最もおとなしい白砂の海岸である。 ヤブ…

春日神社

春日神社の鳥居 隠岐の島町の東半分を一周する国道485号線を中村から南東に進むと布施集落に至る。隠岐では珍しい白い砂浜の海水浴場「春日の浜」に面する黒松林の中に春日神社がある。「日本の白砂青松百選」にも選定されている。樹齢350年を超える黒松が70…

中村海岸、一之森神社、八王子神社

中村海岸の妖怪像「さざえ鬼」 「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる漫画家水木しげるの故郷、境港の「水木しげるロード」にはたくさんの妖怪像が設置されているが、白島海岸の東、中村地区「武良郷」は、本名の姓「武良」から水木氏のルーツとされている。隠岐の島…

白島展望台

白島と沖ノ島灯台 隠岐島後の北端に伸びる白島崎と、その沖に浮かぶ白島、沖ノ島、松島、小白島を合わせて白島と呼ぶ。遠くに見える灯台は沖ノ島灯台という。 タチツボスミレ 紫色の小さなスミレが道端に咲いていた。スミレの仲間はよく似ていて、いつも同定…

伊勢命神社

伊勢命神社 五箇には多くの見所があるが、そこは最終日に回して、五箇の北部にある久見の集落の氏神である、伊勢命神社を訪れた。隠岐4大社の一つであるけれども、小さい集落に見合ってか、境内地は小さい。それでも久見は西日本最大の黒曜石の産地であった…

隠岐の島町、水若酢神社

水若酢神社、一の鳥居 一昨年の対馬、昨夏の壱岐に続き、今年の4月には隠岐の島を訪れた。いずれも、日本海に浮かぶ島で、古い歴史に包まれていて興味が尽きない。旧石器時代の黒曜石の産地でもあった隠岐の島には縄文遺跡もあり、古墳時代には300基以上…

鴎外記念館・旧宅、西周旧居

津和野の町の南、津和野川沿いに森鴎外記念館がある。平成7年に竣工した鉄筋コンクリート造二階建で、映像や写真パネル、鴎外の遺品や直筆原稿などの資料を展示している。 記念館の庭に鴎外の胸像がある。鴎外は西周の遠い親戚にあたり、故郷津和野の森林太…

本町通り、新町通り

カトリック教会の前から殿町通りを振り返ると、両側になまこ塀が続いていて、津和野の武家屋敷の風情を最も感じさせる景観といえる。 教会を過ぎると、銀行や酒屋・和菓子屋・雑貨屋などの商家が並ぶ本町通りになるが、この通りも石畳が風情ある。 津和野町…

殿町通り、カトリック教会

太鼓谷稲成神社の参道入り口にあたる大橋で旧国道から右に分かれた、殿町通りから本町通りへ続く石畳の道が津和野のメインストリートである。右手には藩校養老館や公民館などが並び、海鼠塀に沿って流れる掘割がある。 殿町とは、慶長6年(1601)津和野入り…

太鼓谷稲成神社、元宮

太鼓谷稲成神社拝殿の向かい、一段高いところに元宮が祀られている。 室町中期(15世紀中頃)津和野城主吉見氏により、元宮の創始となる熊野権現社を津和野の乙女山に建立し、のち吉見正頼(毛利元就重臣)の制定した吉見七社の一社に列し、特に篤い崇敬を受…

太鼓谷稲成神社、本殿

津和野の町を南北に流れる津和野川の西に聳える、津和野城(三本松城)跡のある城山の北の裾に、城下町・津和野の町を見守るように太鼓谷稲成神社が華麗な社殿を構えている。神社への参道は、町の中心である大橋近くの、鷺舞で知られる弥栄神社脇から約1000…

永明寺、寺宝館 

本堂左手奥に、津和野藩主・亀井家位牌堂(御霊屋)がある。 位牌堂内には、津和野藩初代藩主亀井政矩の父・亀井茲矩(これのり)の木像や歴代藩主の位牌、藩主夫人や側室などの位牌が安置されている。 津和野藩家老・多胡真蔭の位牌も安置されている。多胡…

永明寺、本堂、庭園

永明寺は応永27年(1420)に津和野城主吉見頼弘が月因性初を開山として創建した寺で、津和野を領した吉見・坂崎・亀井3氏の菩提寺であり、島根県最古の別格大禅院である。唐山16世曹源滴水禅師は永明寺中興の祖といわれる。元禄11年(1698)に焼失した諸堂…

永明寺、鐘楼、書院

墓地に向かい合った境内の右側に、永明寺の本堂などの建物が石垣の塀に囲まれて集まっている。中央の中朱雀門の向こうに茅葺きの本堂が構え、右には鐘楼、庫裡、書院へと連なっている。 二層の鐘楼(しゅうろう)は、庫裡などとともに安政6年(1859)に再建…

津和野、永明寺、鴎外の墓

3月下旬に津和野、萩、秋吉台を巡ってきた。最初に訪れたのは津和野。山陰の小京都とも呼ばれる津和野は、島根県の最西端、中国山地の山あいに広がる小さな城下町である。 ちょうど昼食時になったので、ふる里という郷土料理の店に入った。 郷土料理といっ…

足立美術館

戦国時代に山陰の覇者として名を馳せた尼子氏の居城、富田城跡の2kmほど手前に、横山大観の作品と日本庭園で有名な足立美術館がある。 入館してすぐに見える「苔庭」は、杉苔と赤松を中心に白砂と組み合わせた京風の雅な庭に仕立てられている。 足立美術館…

仲仙寺古墳群

揖夜神社から東へ向い安来市に入ると、弥生時代後期(1〜3世紀)から古墳時代末期までの古墳が集中して残されている。 仲仙寺古墳群、造山古墳、塩津神社古墳などが古代出雲王陵の丘として整備されていて、さながら古墳の野外博物館のようである。 なかで…

揖夜神社

意宇六社の真名井神社や六所神社を飛ばして、東出雲町揖屋に鎮座する揖夜(いや)神社を訪れた。記紀神話に登場する、黄泉比良坂の比定地に近い。 揖夜神社は、『出雲国風土記』の「伊布夜社」、『延喜式神名帳』の「揖屋神社」に比定される。 随神門の手前…

神魂神社、貴布禰稲荷両神社

神魂神社は、意宇六社の一社という。意宇六社とは、神魂、熊野、揖夜、真名井、八重垣、六所神社である。今回は半分しか回れなかったが、次の機会には残りの神社と、出雲国府跡など風土記の丘をもう少しゆっくり観て回りたいものである。本殿の左右には境内…

神魂神社、本殿

八重垣神社の東1km余りの所に、神魂(かもす)神社がある。かなり長い参道があり、これは境内直前の二の鳥居である。 石段はだんだん急勾配になり、階段上に社殿が見える。神魂神社は、天正11年(1583)には末社ともども焼失し、毛利輝元により再建された。…

八重垣神社、奥の院

須佐神社と同じように八重垣の宮を造ったことから、ここにも八重垣の歌碑がある。 随神門の左にある宝物館には、神社の障壁画としては最古級といわれる、元本殿内にあった壁画=板絵著色神像が収められている。 素盞嗚尊と稲田姫命など6神像が描かれ、国の…

八重垣神社、拝殿

松江駅の南数kmの佐草町に、縁結びの神で有名な八重垣神社がある。 随神門の脇にいる狛犬は、来待石製の出雲式座型狛犬である。八重垣型ともいわれ、かなり風化しているが、年代も作者も不明である。 社伝によれば、当地は素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した時、…

須佐神社、天照社

拝殿の手前右手奥に、須佐神社の七不思議の一つ、塩ノ井がある。須佐之男命自ら潮を汲みこの地を清めたという。日本海に続き、満潮の時は付近の地面に潮の花を吹くという。分析の結果、芒硝含有食塩泉で弱アルカリ性といわれる。 本殿の右手に、小さな稲荷社…

須佐神社、本殿

須佐之男命の終焉の地とされる須佐神社は、出雲市駅の10数km南の山あいにある。『出雲国風土記』には、須佐之男命が諸国を開拓した後に「この国は小さい国だが、最適な国だ。我が名を石や木にはつけまい」といって、御霊をここに鎮めて自分の名を地名にした…

荒神谷遺跡

358本もの大量の銅剣を出土したことで知られる荒神谷遺跡は、出雲市東部の斐川町神庭西谷にある。『出雲国風土記』の出雲郡の神名火山に比定されている仏教山の3km北東、出雲平野最大級の前方後円墳である神庭岩船山古墳の2km南にある。 遺跡周辺は荒神谷…