半坪ビオトープの日記

島根

鴎外記念館・旧宅、西周旧居

津和野の町の南、津和野川沿いに森鴎外記念館がある。平成7年に竣工した鉄筋コンクリート造二階建で、映像や写真パネル、鴎外の遺品や直筆原稿などの資料を展示している。 記念館の庭に鴎外の胸像がある。鴎外は西周の遠い親戚にあたり、故郷津和野の森林太…

本町通り、新町通り

カトリック教会の前から殿町通りを振り返ると、両側になまこ塀が続いていて、津和野の武家屋敷の風情を最も感じさせる景観といえる。 教会を過ぎると、銀行や酒屋・和菓子屋・雑貨屋などの商家が並ぶ本町通りになるが、この通りも石畳が風情ある。 津和野町…

殿町通り、カトリック教会

太鼓谷稲成神社の参道入り口にあたる大橋で旧国道から右に分かれた、殿町通りから本町通りへ続く石畳の道が津和野のメインストリートである。右手には藩校養老館や公民館などが並び、海鼠塀に沿って流れる掘割がある。 殿町とは、慶長6年(1601)津和野入り…

太鼓谷稲成神社、元宮

太鼓谷稲成神社拝殿の向かい、一段高いところに元宮が祀られている。 室町中期(15世紀中頃)津和野城主吉見氏により、元宮の創始となる熊野権現社を津和野の乙女山に建立し、のち吉見正頼(毛利元就重臣)の制定した吉見七社の一社に列し、特に篤い崇敬を受…

太鼓谷稲成神社、本殿

津和野の町を南北に流れる津和野川の西に聳える、津和野城(三本松城)跡のある城山の北の裾に、城下町・津和野の町を見守るように太鼓谷稲成神社が華麗な社殿を構えている。神社への参道は、町の中心である大橋近くの、鷺舞で知られる弥栄神社脇から約1000…

永明寺、寺宝館 

本堂左手奥に、津和野藩主・亀井家位牌堂(御霊屋)がある。 位牌堂内には、津和野藩初代藩主亀井政矩の父・亀井茲矩(これのり)の木像や歴代藩主の位牌、藩主夫人や側室などの位牌が安置されている。 津和野藩家老・多胡真蔭の位牌も安置されている。多胡…

永明寺、本堂、庭園

永明寺は応永27年(1420)に津和野城主吉見頼弘が月因性初を開山として創建した寺で、津和野を領した吉見・坂崎・亀井3氏の菩提寺であり、島根県最古の別格大禅院である。唐山16世曹源滴水禅師は永明寺中興の祖といわれる。元禄11年(1698)に焼失した諸堂…

永明寺、鐘楼、書院

墓地に向かい合った境内の右側に、永明寺の本堂などの建物が石垣の塀に囲まれて集まっている。中央の中朱雀門の向こうに茅葺きの本堂が構え、右には鐘楼、庫裡、書院へと連なっている。 二層の鐘楼(しゅうろう)は、庫裡などとともに安政6年(1859)に再建…

津和野、永明寺、鴎外の墓

3月下旬に津和野、萩、秋吉台を巡ってきた。最初に訪れたのは津和野。山陰の小京都とも呼ばれる津和野は、島根県の最西端、中国山地の山あいに広がる小さな城下町である。 ちょうど昼食時になったので、ふる里という郷土料理の店に入った。 郷土料理といっ…

足立美術館

戦国時代に山陰の覇者として名を馳せた尼子氏の居城、富田城跡の2kmほど手前に、横山大観の作品と日本庭園で有名な足立美術館がある。 入館してすぐに見える「苔庭」は、杉苔と赤松を中心に白砂と組み合わせた京風の雅な庭に仕立てられている。 足立美術館…

仲仙寺古墳群

揖夜神社から東へ向い安来市に入ると、弥生時代後期(1〜3世紀)から古墳時代末期までの古墳が集中して残されている。 仲仙寺古墳群、造山古墳、塩津神社古墳などが古代出雲王陵の丘として整備されていて、さながら古墳の野外博物館のようである。 なかで…

揖夜神社

意宇六社の真名井神社や六所神社を飛ばして、東出雲町揖屋に鎮座する揖夜(いや)神社を訪れた。記紀神話に登場する、黄泉比良坂の比定地に近い。 揖夜神社は、『出雲国風土記』の「伊布夜社」、『延喜式神名帳』の「揖屋神社」に比定される。 随神門の手前…

神魂神社、貴布禰稲荷両神社

神魂神社は、意宇六社の一社という。意宇六社とは、神魂、熊野、揖夜、真名井、八重垣、六所神社である。今回は半分しか回れなかったが、次の機会には残りの神社と、出雲国府跡など風土記の丘をもう少しゆっくり観て回りたいものである。本殿の左右には境内…

神魂神社、本殿

八重垣神社の東1km余りの所に、神魂(かもす)神社がある。かなり長い参道があり、これは境内直前の二の鳥居である。 石段はだんだん急勾配になり、階段上に社殿が見える。神魂神社は、天正11年(1583)には末社ともども焼失し、毛利輝元により再建された。…

八重垣神社、奥の院

須佐神社と同じように八重垣の宮を造ったことから、ここにも八重垣の歌碑がある。 随神門の左にある宝物館には、神社の障壁画としては最古級といわれる、元本殿内にあった壁画=板絵著色神像が収められている。 素盞嗚尊と稲田姫命など6神像が描かれ、国の…

八重垣神社、拝殿

松江駅の南数kmの佐草町に、縁結びの神で有名な八重垣神社がある。 随神門の脇にいる狛犬は、来待石製の出雲式座型狛犬である。八重垣型ともいわれ、かなり風化しているが、年代も作者も不明である。 社伝によれば、当地は素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した時、…

須佐神社、天照社

拝殿の手前右手奥に、須佐神社の七不思議の一つ、塩ノ井がある。須佐之男命自ら潮を汲みこの地を清めたという。日本海に続き、満潮の時は付近の地面に潮の花を吹くという。分析の結果、芒硝含有食塩泉で弱アルカリ性といわれる。 本殿の右手に、小さな稲荷社…

須佐神社、本殿

須佐之男命の終焉の地とされる須佐神社は、出雲市駅の10数km南の山あいにある。『出雲国風土記』には、須佐之男命が諸国を開拓した後に「この国は小さい国だが、最適な国だ。我が名を石や木にはつけまい」といって、御霊をここに鎮めて自分の名を地名にした…

荒神谷遺跡

358本もの大量の銅剣を出土したことで知られる荒神谷遺跡は、出雲市東部の斐川町神庭西谷にある。『出雲国風土記』の出雲郡の神名火山に比定されている仏教山の3km北東、出雲平野最大級の前方後円墳である神庭岩船山古墳の2km南にある。 遺跡周辺は荒神谷…

加茂岩倉遺跡

雲南市加茂町岩倉に弥生時代の遺跡、加茂岩倉遺跡がある。農道工事中に発見されたこの遺跡が、どんな山の中にあるかを実感させるためか、駐車場は500m手前に設けられていて、てくてくと歩いていかねばならない。 春の花々が咲いていて清々しい野道を進んでい…

普賢院、玉作湯神社

須我神社の左隣には、鏡智山普賢院という高野山真言宗のお寺がぴったり隣接している。 山門には不動明王像が安置されている。 須我神社の拝殿の左手に、小さな虚空社があるが、虚空蔵菩薩が祀られている。 虚空社の左手には、普賢院の境内が広がっていて自由…

須我神社

松江駅の南10数kmの雲南市大東町須賀に、須我神社が建っている。出雲神話で有名な「八岐大蛇」伝説があるが、肥の河上において八岐大蛇を退治した須佐之男命は奇稲田姫を妻とし、新居の宮を造る土地を探して出雲各地を回る。この鳥居は二の鳥居である。 そう…

古代出雲歴史博物館

出雲大社の右手(東)に、古代出雲歴史博物館がある。出雲大社の裏山は八雲山だが、博物館の裏山は、八雲山の右の亀山である。 古代出雲歴史博物館では、「平成の大遷宮出雲大社展」という特別展で、国宝の「秋野鹿蒔絵手箱」などが展示されていたが、お目当…

出雲大社、神楽殿

西十九社の先には、摂社の氏社(うじのやしろ)が二つ並んでいる。手前の氏社の祭神は、出雲氏初代の宮向宿禰命である。出雲国造家の祖神天穂日命の第十七代の裔として出雲国を統治し始めた。どちらも桁行一間、梁間一間、向拝一間、切妻造妻入檜皮葺である…

出雲大社、本殿

御仮殿の後ろには、新しい本殿の屋根がかすかに垣間見ることができる。新しい本殿は玉垣に囲まれ、さらに御向社、天前社、門神社などが瑞垣と廻廊及び八足門で囲まれている。東廻廊には、観察楼が重なり、その手前には奉納されたお神酒が並べられている。 八…

出雲大社、御仮殿

出雲大社の前は、大遷宮の一週間前だったというのに大渋滞で、とりわけ神門通りが突き当たる、勢溜の大鳥居の前がほとんど動かない。日御碕神社から逆方向に大鳥居前を通り過ぎ、古代出雲歴史博物館前の駐車場に入る。勢溜(せいだまり)の大鳥居は、昭和43…

日御碕海岸、稲佐の浜

日御碕神社から出雲大社に向って日御碕海岸をもどったが、まもなく道路端にタヌキがいるのを見かけた。排水溝の蔭から顔を出したり引っ込んだりしている。近寄ってみた時にも一度は顔を出した。でもよく見ると、タヌキより顔が細いアナグマだった。 日御碕海…

日御碕神社、神の宮

楼門をくぐると右に廻廊が上がっていくが、門客人社の先からも石段の上に上の宮=神の宮の拝殿が見える。主祭神は、素盞鳴尊(すさのお)であり、相殿に娘達である田心姫(たこりびめ)、湍津姫(たぎつひめ)、厳島姫(いちきしまひめ)の三女神を祀ってい…

日御碕神社、日沈宮

松江から山陰自動車道で出雲大社に向ったが、出雲ICから大社までの道路がひどく渋滞していた。60年ぶりの大遷宮は相当混雑するはずだが、一週間前でもかなりの人出である。仕方なく迂回して、先に日御碕神社を訪ねた。『出雲風土記』に「美佐伎社」とある古…

松江城下

美保神社から島根半島の南岸を走って松江に向う。大きな砂州の弓ケ浜半島によって日本海と隔てられている中海ではあるが、境水道で日本海とも半分通じている汽水湖である。中海とその奥の宍道湖との間に松江の町がある。宍道湖から流れる大橋川の北に松江城…