半坪ビオトープの日記

山梨

慈照寺

三社神社の東約1kmに曹洞宗の慈照寺がある。東南には富士山がよく見えることから、山号は有富山という。創建年代は不明だが、「甲斐国社記・寺記」によれば当初は真言宗寺院で、延徳元年(1489)に真翁宗見が当地に再興し、曹洞宗寺院に改宗したという。中…

信玄堤、三社神社

戦国時代、御勅使川は信玄橋から芦安へ向かう県道甲斐芦安線上を流れていて、地元では前御勅使川と呼ぶ。古くから暴れ川として有名で、大雨が降ると洪水を起こし、釜無川を押し出して甲府盆地中央部に大きな水害をもたらした。天保10年(1541)に国主となっ…

長谷寺

芦安から南アルプス街道を南下し、甲府盆地に出て信玄堤の手前南に、真言宗智山派の長谷寺がある。 旧八田村から旧白根村にかけての一帯には、平安時代後期以降、八田牧といわれる広大な牧が展開していた。当初は大和国の長谷寺に倣って豊山長谷寺と名付けら…

芦安温泉

急な上り一方の岩殿山では汗だくになったので、早めにひと風呂浴びたく甲府盆地の西、南アルプス市の芦安温泉に向かった。 南アルプス白鳳渓谷の入口、夜叉神峠の麓に位置する芦安温泉は、釜無川の支流、御勅使川(みだいがわ)に架かる真っ赤な瀬戸大橋の向…

岩殿山城跡

ふれあいの館が建っているのは丸山山頂で、標高が444.4mある。そこから南を眺めると菊花山があり、その右裾の彼方に富士山が見える。富士山の右には高川山が同じ高さに見え、その右に大久保山、さらに右手に三ツ峠山と続く。 ふれあいの館脇から階段状の登…

大月、岩殿山

8月下旬、朝から快晴だったので簡単な山歩きをしたくなり、大月の岩殿山に向かった。甲信地方に出かける際、中央高速で大月を通過する時、高速沿いの大岩壁が目立つ岩殿山は、かなり昔から気になる存在だった。長い間、いつか登ってみようと思っていたがな…

武田氏館跡

甲府駅の3km北に武田氏館跡(武田神社)がある。武田信虎は、永正16年(1519)ここ躑躅ヶ崎の地に館を築造した。以後、勝頼が韮崎に新府城をつくるまで3代60余年にわたり、甲斐武田氏の領国支配の中心となったため、 武田氏館跡(躑躅ヶ岡館跡)として国の…

穴切大神社

甲府駅の南西1kmの辺りに穴切大神社がある。社記によれば、和銅年間(708~15)甲府盆地が湖だった頃、国司が巡見し、湖水の水を抜いた跡が良田になると考え、大己貴命に祈願を込めて、鰍沢口を切り開いた。そこから湖水の水を富士川に落とし、広大な良田を開…

甲斐善光寺

身延線善光寺駅の北に浄土宗の甲斐善光寺がある。武田信玄の信州攻略も天文22年(1553)の川中島の合戦以後、善光寺平をめぐる上杉謙信との激戦になるが、弘治3年(1557)の合戦で武田方が善光寺および戸隠付近を掌握し、北信の大部分を支配下においた。翌…

酒折宮

甲府市東部酒折駅の近くに酒折宮(さかおりのみや)がある。日本武尊(倭建命)が東国平定の帰途、甲斐国に滞在したと記紀に記された命の行宮の地である。 江戸時代に入って俳諧が隆盛すると、酒折宮は連歌濫觴の地として注目される。酒折宮における命と御火…

山梨岡神社、本殿

山梨岡神社の本殿は、1間社隅木入春日造・杮葺きである。神明造(切妻造)の妻に、向拝の軒が繋がった形になっている。簡素な素木造で、蟇股の彫刻も見事である。室町時代の建立で、飛騨の匠の造立といわれる。 本殿の前には、「夔(き)ノ神」と呼ばれる神…

山梨岡神社、拝殿

石和温泉駅北東の御室山(みむろさん)の麓に山梨岡神社がある。崇神天皇のとき疫病が流行し、厄払いのため勅命をもって創建されたと伝えられる延喜式式内社である。成務天皇のときに、麓のナシの樹を伐り拓いて社を遷し、「甲斐ヶ根・山梨岡神社」と号した…

窪八幡神社、若宮八幡神社

拝殿の右手にある鐘楼は、桁行1間・梁間1間、袴腰付、重層寄棟造・檜皮葺きで、天文22年(1553)に信玄により建立され、神仏習合の姿を残している。倒壊寸前の所、昭和56年に解体復元されている。 本殿の裏手には小さい末社がたくさん祀られている。左から…

窪八幡神社、鳥居

山梨市駅の北、笛吹川にかかる八幡橋の西に、窪八幡神社がある。貞観元年(859)清和天皇の勅によって、九州の宇佐八幡宮を笛吹川沿いの大井俣に勧請し、大井俣神社と称したのが始まりといわれる「延喜式」式内社である。東の参道の、境内から約150m離れた所…

清白寺

東山梨駅の東、果樹園の中程に臨済宗の清白寺がある。伽藍は禅宗様式に則り、総門・放生池・三門(鐘楼門)・仏殿・本堂が一直線状に配置され、足利尊氏が夢窓疎石を開山として、正慶2年(元弘3年、1333)に創建したという古刹である。正式には海涌山清白…

向嶽寺

塩山駅の北西にある塩ノ山(553m)の南麓にある向嶽寺は、臨済宗向嶽寺派の本山である。康暦2年(1380)守護武田信成が抜隊得勝を招いて塩山向嶽庵を建立したのが始まりと伝わる。以後武田氏の保護を受け、信玄もみずからの祈願寺とし、寺領の寄進をした。…

旧高野家住宅

塩山駅北口の前に甲州特有の突上げ屋根が見える。旧高野家住宅である。甲州を代表する民家で、古くから「甘草屋敷」と呼ばれて来た。高野家は江戸時代に、代々名主を務めて来た家柄である。「甲州甘草文書」によると、8代将軍徳川吉宗の享保5年(1720)に、…

裂石温泉雲峰荘

雲峰寺を見学した後、近くの裂石温泉雲峰荘に泊まった。大菩薩峠登山口から青梅街道を柳沢峠に向かうとすぐ右手に佇む裂石温泉は、登山後の日帰り入浴も出来る温泉で、昔から登山者に人気がある。 温泉は柳沢峠から下る重川の渓流沿いにあり、せせらぎの音や…

雲峰寺

大菩薩峠登山口から少し上った左手に、臨済宗の裂石山雲峰寺がある。寺伝によると、天平17年(745)に行基が開いたという。中世に武田氏の祈願所として崇敬を集めた。 本堂の手前に、樹齢数百年といわれるエドヒガンザクラの大木がある。 桜の木の右手奥にあ…

恵林寺、信玄墓所

うぐいす廊下の先には信玄霊廟明王殿があるが、外からは「明王殿」と扁額の掲げられた古めかしい門が見える。 明王殿は、柳沢吉保の子吉里により元文5年(1740)に造営され、そこには武田不動尊が安置されている。比叡山より大僧正の位を受けた際、記念像と…

恵林寺、庭園

恵林寺は明治35年の大火で、本堂や庫裏など主要な伽藍を失ったが、三門・四脚門と、信玄霊廟明王殿や開山堂などは残った。明王殿や庭園、信玄や柳沢吉保の墓などの拝観受付は大庫裏であり、この門をくぐって入る。 大きな庫裏は日本有数の規模を誇る。第二次…

恵林寺、三門

塩山駅の北西約3kmの所に武田信玄の菩提寺、臨済宗の乾徳山恵林寺がある。元徳2年(1330)牧荘の領主二階堂道蘊が、夢窓疎石を開山にして創建した。五山・十刹につぐ諸山に列せられ、南北朝時代には多くの禅僧が、京・鎌倉より入寺し、東国の臨済禅の中心…

大菩薩、雷岩

上りがきつく息づかいが荒くなった頃、ようやく視界が開けて来て雷岩に着いた。 富士山には雲がかかり始めて来た。富士山の手前には大菩薩湖(上日川ダム)が見える。 昔はなかったダムで、1999年に完成したらしい。 富士山の右手には、遠くに南アルプスの山…

大菩薩ハイキング

一昨日の土曜日に大菩薩にハイキングに出かけた。二つの台風の合間で天気が心配だったが、運良く朝は晴れていた。上日川峠の長兵衛山荘前に着いたのは9時半過ぎで、既に駐車場はかなり混んでいた。 福ちゃん荘までは林道を歩くのだが、9月も終わりなので秋の…

妙法寺

富士川町増穂の小室という集落に日蓮宗の妙法寺がある。山号は徳栄山というが、地名の小室山を通称としている。小室の集落が妙法寺の門前町であり、町中に総門が建つ。 県内有数の豪壮な山門が大きく構えている。間口23m、奥行7m、高さ25mと県内では身延山…

十谷温泉

9月上旬に甲府市の南西、鰍沢近くの十谷温泉に行った。 富士川沿いの国道から西へ、甲斐源氏の祖「新羅三郎義光」の居城跡とされる源氏山を源とする大柳川を溯ること7km。斜面に広がる十谷(じゅっこく)集落を過ぎると、いくつもの吊橋と滝めぐりが楽しめ…

あとは昼食を済ませて帰るだけと思ったが、少し時間があったので天女山(1528m)から天の河原(1620m)まで15分ばかりハイキングした。八ヶ岳の権現岳(2715m)への登山道の一部だが、展望もきかず花も少なかった。トウゴクミツバツツジもまだつぼみが膨…

野辺山駅近くの小海線を横切る北側に「JR鉄道最高地点」の標識がある。その右の赤い鳥居は鉄道神社のものであり、SLの車輪とレールが祀られている。 踏切の南側には石碑が建っていた。標高1,375mが線路の最高地点で、標高1,345mの野辺山駅は駅の最高地点だ…

翌朝も八ヶ岳の勇姿をもう一度見たくて獅子岩まで出かけた。獅子岩と野辺山駅との間に、国立天文台・野辺山宇宙電波観測所がある。 可視光を観測するハッブル宇宙望遠鏡と違って、電波によって宇宙の様子を観測するのが電波望遠鏡である。 「ミリ波」という…

飯盛山から下る道端で、コウゾリナ(Picris hieracioides var. glabrescens)を見かけた。コウゾリナにもいくつかの種類があるが、最も普通の種と思われる。 こちらのツツジの花は、葉に先立って花が咲いているのでミツバツツジ(Rhododendron dilatatum)で…