2024-01-28 清春芸術村 山梨 史跡 清春芸術村 西には南アルプス、北には八ヶ岳が迫り、富士山も遠望できる、山梨県西北部の北杜市長坂町に清春(きよはる)芸術村という芸術文化複合施設がある。清春白樺美術館、安藤忠雄の光の美術館や、アトリエ、茶室、図書館などの施設からなる。 アトリエ「ラ・リューシュ」とオシップ・ザッキンの『メッセンジャー』 清春芸術村および清春白樺美術館は、武者小路実篤や志賀直哉をはじめとする白樺派同人による美術館構想を、親交のあった吉井長三(1930-2016)が私財を投じて実現し吉井仁実が拡充している。吉井が1977年に小林秀雄、今日出海、白洲正子、東山魁夷夫妻、谷口吉郎らとこの地に花見に訪れ、桜の美しさに魅せられて、1980年アトリエ清春荘を設立、翌年アトリエ「ラ・リューシュ」を建設した。手前の彫刻は、オシップ・ザッキンが制作した『メッセンジャー』である。 清春白樺美術館 村内に入るとすぐ目の前のアトリエ「ラ・リューシュ」の右手前に白樺図書館があり、その先に清春白樺美術館が建っている。谷口吉生の設計で1983年に開館した。『白樺』の同人が愛したルオーの作品をはじめ、梅原龍三郎、岸田劉生、バーナード・リーチ、中川一政ら『白樺』の運動に参加した芸術家の諸作品と『白樺』の創刊号から最終号までを展示している。 ルオー礼拝堂 清春白樺美術館の左手にルオー礼拝堂が建っている。20世紀最高の宗教画家といわれるジョルジュ・ルオーを記念して谷口吉生により設計され、1986年に開堂された。 ステンドグラス「ブーケ」 ルオー礼拝堂入口扉上のステンドグラス「ブーケ」はルオーが制作したもの。14歳でステンドグラス職人に弟子入りしたルオーによるもの。これと内部のキリスト像はルオーの次女から吉井に寄贈されたもので、それが礼拝堂建設のきっかけとなった。 吉野祥太郎の「Strata of Time 時間の地層」 この時期「山梨国際芸術祭、八ヶ岳アート・エコロジー2023」が開催されていて、礼拝堂の中には、吉野祥太郎の「Strata of Time 時間の地層」が展示されていた。普段は、祭壇背後の壁に掲げられている、ルオーが彩色した木彫のキリスト十字架も壁際に垣間見られた。 光の美術館、落合陽一の『ヌルの共鳴時計』 ルオー礼拝堂の左手に安藤忠雄による設計で建てられた光の美術館がある。コンクリート打ちっぱなしの建物は、2011年の開館である。普段は、人工照明がなく自然光のみで作品を鑑賞する。この時期には、落合陽一の『ヌルの共鳴時計:計算機自然における空性の相互接続』という作品が展示されていた。 アトリエ「ラ・リューシュ」 光の美術館の向かいからは、アトリエ「ラ・リューシュ」がよく見える。若き日のシャガールやモジリアニなどの巨匠を生んだアトリエ兼住居として現在もパリの記念建築とされているものと同様の、ギュスターブ・エッフェルの建築。元は1900年に開催されたパリ万国博覧会のパビリオンに使用されていたもの。設計図を買い取り全く同じものを1981年に再現した。 谷尻誠の『石のサウナ』 これは建築家・DESIGN OFFICE・谷尻誠の『石のサウナ』という作品。蛇籠の中に地元で採れた石を積み上げている。中には3・4人ほど入れそうだ。右脇には水風呂用の風呂桶も用意されている。 茶室『徹』 さらに左手には、誰もがあっと驚くユニークな姿の一本足の茶室『徹』が立っている。細川元首相の別荘の茶室を設計したことでも有名な建築史家・藤森照信が設計したツリーハウス。茶室を支える檜は芸術村に植っていた樹齢80年の木を倒して使用し、屋根の銅板や壁の漆喰などは縄文建築団のメンバー、赤瀬川原平、南伸坊、林丈二らが手伝って建築された。高さは約4mで、室内は1.7坪になる。茶室『徹』の名は、吉井と親しかった哲学者の谷川徹三の名前から、作家の阿川弘之により命名された。 エッフェル塔の階段の一部、セザールによるエッフェル像 光の美術館と茶室の間には、エッフェル塔の階段の一部が展示されている。パリ名物の「鉄の貴婦人」エッフェル塔は、「橋作りの名人」と言われた建築家ギュスターブ・エッフェルが1889年に完成した。高さ300m、そのうち4階上部の180mが鉄製の螺旋階段となっていた。その階段を上った人は一億人以上という。老朽化したため24に分割された一部が、エッフェル塔完成百周年の1989年にフランスから芸術村に移設された。高さ約5m。左の彫刻は現代美術家セザール・バルダッチーノによるエッフェル像である。 梅原龍三郎のアトリエ ルオー礼拝堂の右奥に、奔放自在な画風で日本の油彩画を確立したといわれる、梅原龍三郎(1888〜1986)のアトリエが建っている。このアトリエは1989年に新宿より移築したもので、設計は数寄屋造りや旧歌舞伎座の建築で有名な吉田五十八(1894〜1974)。 アトリエ内部 梅原が好んだ紅殻色の京壁や床間などを取り入れた24畳のアトリエには、使用していたイーゼルやパレット、絵の具箱のほか制作途中の絵画なども含め、梅原龍三郎の愛用品や作品が展示されている。