2014-02-01から1ヶ月間の記事一覧
レンコンが余っていたので、鶏モモ肉と合わせたレシピを見つけた(4人前)。 ① タマネギ1個は5mmのくし切り、レンコン150gは皮をむき5mmの半月切り、シイタケ5枚は立て4等分に切る。 ② 鶏モモ3枚は一口大に切り、塩コショウし、片栗粉を薄くまぶす。黒…
できれば生食用がよいが、加熱用のカキでも酒蒸しにすれば簡単に食べられる(4人前)。 ① 加熱用のカキ300gを水で3回、ゆすり洗いする。 ② ボールに塩大2を入れ、海水ぐらいの塩水を作り、カキを浸しておく。 ③ 鍋に日本酒と水各1カップを入れて沸騰させ…
東参道から鳥居をくぐると、入口御門が建っている。上社宮大工棟梁原五左衛門親貞と弟子の藤森廣八が、文政12年(1829)に構築し、巧緻な彫刻が施されている。 入口御門をくぐると、幣拝殿までの間をつなぐ布橋を渡る。梁間1間桁行37間(約67m)の細長い切…
諏訪大社の創建は、「古事記」・「先代旧事本紀」によると、天照大神の孫・瓊瓊杵命(ににぎのみこと)の降臨に先立ち、武甕槌命(たけみかづちのみこと)が大国主命に国譲りするように迫ったとされる。これに対して、大国主命の次男である建御名方神(たけ…
北八ヶ岳の帰りに諏訪大社の上社を廻った。信濃国の一之宮で、我が国最古の神社の一つとされる諏訪大社は、全国に分社1万社余りを数える。諏訪湖の南に上社、北に下社があって対峙する。 上社は諏訪市にある本宮と、茅野市にある前宮に分かれている。 諏訪…
天狗岳の中腹、標高1870mに位置する唐沢鉱泉でゆっくり休んだ翌朝、薄曇りの中を天狗岳に向けて出発する。 歩き始めて間もなく唐沢に架かるしゃくなげ橋を渡り、右の尾根に取りかかる。 尾根に向って急な登山道がえんえんと続くので息が切れる。昨日の三ツ岳…
左手彼方、深々とした樹林の中に小さな池が見えた。これから行く雨池峠を左に下って行くところにある雨池である。 なかなか大岩だらけの登山道が終わらない。後ろを振り返って見ると、道なき岩の間を越えてきたのが分かる。この近くも山が深いので、天候が悪…
縞枯山の左手には、雨池山(2325m)が見え、その左に山の頂に大きな岩が集まる三ツ岳が認められる。 これから向う予定だが、どこに登山道があるのか見えない。かなり山が深いようだ。 先ほどの三ツ岳分岐から左の山道に入る。くぼみには氷がはり、岩陰に雪が…
北横岳に向う道は登山道で、山頂まで1時間と表示されている。 坪庭から分かれて高度を上げて行くと、後ろの縞枯山(2403m)の全体が大きく見えるようになる。縞枯現象とは、シラビソなどが帯状に枯れて、その帯が長い年月をかけて山頂に移動して行く現象で…
11月上旬に北八ヶ岳の横岳と天狗岳に登ろうと出かけた。一点の雲もない快晴で、北から南へ連なる八ヶ岳連峰がよく見える。道路の正面に、明日登る予定の天狗岳(2646m)が聳える。右端に見える高い山が、八ヶ岳連峰の主峰、赤岳(2899m)である。天狗岳の…
3種のキノコと鶏モモ肉の煮込み料理を作った(4人前)。 ① エリンギ大1本、シイタケ2個、シメジ1パックを適当な大きさに切る。ニンニク大1かけをみじん切りにする。 ② 鶏モモ肉800gを一口大に切り、塩・コショウし、適量の小麦粉をまぶす。 ③ フライパ…
10月下旬にいつもの遊び仲間と伊香保温泉に行ったが、またもや天候不順で榛名山は諦めた。雨上がりに伊香保神社だけ見た。伊香保温泉は古来より日本の名湯と謳われ、その発見は1900年前とも1300年前ともいわれ、万葉集巻14の東歌の中で9首も詠まれている…
油で揚げず、油の処理もない焼き浸しのサバの南蛮漬けのレシピを見つけた(4人前)。 ① サバの切り身1尾分を8つに切り分け、塩を振ってしばらく置き、ペーパーで水気を拭き取る。小麦粉を薄くはたく。 ② ダシ100cc、酢大4、醤油・みりん各大3、砂糖小1…
郡山から20数km東、阿武隈山系の最高峰大滝根山(1192m)の東麓にあぶくま洞がある。昭和44年(1969)石灰岩の採石中に発見され、4年後には洞内が整備されて公開された。 この一帯には南北約4km、東西約1kmにわたり滝根層という石灰岩層がある。約3億年…
郡山駅のすぐ北西に総産土阿邪訶根(あさかね)神社がある。社伝によると、康平年間(1058-64)、伊勢国の阿坂(阿邪訶)より猿田毘古命の分霊を迎え祀り、道祖神社として創建されたのが始まりとされ、俗に「総産土(うぶすな)大神」と称されていたという。…
郡山駅近くに安積国造神社が建っている。成務天皇5年(135)比止禰(ひとね)命が初代安積国造に任命されて安積国を建国し、神社を創建して和久産巣日神(わくむすひのかみ)と天湯津彦命を祀ったのが起源と伝わっている。比止禰命の死後には比止禰命が、坂…
翌日は安達太良山に登ろうと思ったのだが、ロープウェイ乗り場へ向う道が既に渋滞で車が動かない状態。おまけに風が強く吹いてきたので登山は諦めた。郡山市内の史跡とあぶくま洞を見て、早めに帰ることにした。 安積歴史博物館は、郡山市に所在する県立安積…
黒塚の北西、安達駅の南西約1kmの通り沿いに智恵子の生家がある。高村(旧姓長沼)智恵子は、明治19年(1886)清酒「花霞」を醸造する「米屋」という屋号の裕福な造り酒屋の長女として生まれ、日本女子大を卒業後は洋画家となり、亡くなるまでに数多くの油…
曽良の随行日記には、「供中ノ渡ト云テ、アブクマヲ越舟渡し有リ。その向ニ黒塚有。小キ塚ニ杉植テ有。又、近所ニ観音堂有。大岩石タヽミ上ゲタル所、後ニ有。古ノ黒塚ハこれならん、右ノ杉植し所は鬼ヲウヅメシ所成らん、ト別当坊申ス。天台宗也」とあるが…
謡曲「黒塚」で有名な鬼婆伝説が残る安達ヶ原は、阿武隈川東岸の小高い丘陵一帯に広がる。川岸近くの老杉の下に、鬼婆を埋めたという黒塚がある。 「みちのくの安達ヶ原の黒塚に 鬼こもれりといふはまことか」という平安時代の三十六歌仙の一人、平兼盛の歌…
二本松駅前(北)にある二本松神社の近く(北東)に、二松山安達院称念寺がある。文治元年(1185)法相宗の尊道和尚により開山された際は松念寺と称した。弘安3年(1280)奥州に来ていた一遍上人に時の住職秀山和尚が帰依し、時宗に改宗開山し称念寺と寺号…
二本松神社の約1km西に、曹洞宗の大隣寺がある。丹羽家の菩提寺であるが、二本松少年隊の供養塔などもある。参道入口左手には、ここで戦死した少年隊副隊長の二階堂衛守と隊士の岡山篤次郎両名の石碑がある。 巨邦山大隣寺は、丹羽家初代長秀を弔うために、…
二本松駅のすぐ北の小高い丘が、二本松神社の森である。道路脇の一の鳥居から石段の参道を上ると二の鳥居が建っている。 さらに上っていくと、どっしりとした構えの随神門が建っている。寛政6年(1794)の大火で焼失した後、文化4年(1807)に再建されたも…
翌日、会津地方は朝から雨だったので、雨の降っていない二本松に向う。十月中旬は、ちょうど菊人形の祭典が始まったばかりだった。二本松駅の北の高台にある二本松城は、室町時代中期に奥州管領を命じられた畠山満泰が築造したが、天正14年(1586)に伊達政…
磐梯山の南麓にある押立温泉は、緑深き森の中にある源泉掛け流しの温泉である。 宿の前の広い駐車場からは、雄大な磐梯山(1818m)が迫って見える。 大正9年に開湯された時は湯治場だった宿で、今では庭園露天風呂・半露天風呂・内湯の3通りの浴場が楽しめ…
喜多方から裏磐梯高原の檜原湖を経て、時計回りに磐梯山を西から北、東と回って、南麓の押立温泉に向う。喜多方盆地から眺める磐梯山(1816m)は、手前に雄国山(1271m)、猫魔ヶ岳(1404m)があるはずなので、どれが山頂か見極めがたい。 裏磐梯高原の数あ…