半坪ビオトープの日記

寺社

寂光院

紫葉漬と大原女の里、寂光院 大原の里の東に三千院や実光院や勝林院があったが、西の山間に寂光院がある。平安の昔、尼僧となって寂光院で過ごした建礼門院が、大原の里人から献上された夏野菜と赤紫蘇の漬物の美味しさに感動され「紫葉漬」と名付けられたと…

宝泉院

宝泉院、盤桓園 勝林院の左手に宝泉院がある。大原寺勝林院の住職の坊として平安末期ごろよりの歴史を持ち、現在に至っている。現在の建物は室町時代文亀2年(1502)の再建と伝わるが、形式から見て江戸初期ごろの再建と推定されている。客殿の西方の庭は盤…

勝林院

魚山大原寺勝林院 三千院の北に位置する魚山大原寺勝林院は、天台宗の寺院で、承和2年(835)円仁(慈覚大師)によって開かれたと伝えられる。長和2年(1013)寂源により復興され、勝林院が建立され、声明も復興された。 勝林院 天仁2年(1109)聖応太師…

実光院

京美茶屋の豆腐料理 昼食は三千院向かいの京美茶屋で豆腐料理「門前」をとる。汲み上げ湯葉、胡麻豆腐、豆乳チーズケーキなどの質素な組み合わせでも結構楽しめた。 実光院の庭園、契心園 三千院の左手の道を北に進むと勝林院に行き着くが、その手前左側に実…

御客神社、平神社古墳

御客神社 そろそろ旅の終わりを迎える。昔は島後の中心だったと思われる北西部の五箇を見て回った後、現在の隠岐の中心地、南の西郷地区に戻る。最後に見ておこうと選んだのは、御客神社と平神社である。西郷地区の奥、銚子地区にあるこの御客神社は、宗教の…

天健金草神社、カタクリの里

天健金草神社、一の鳥居 都万の北の霊亀山の麓に天健金草(あまたけかなかや)神社という古社があり、一の鳥居の先には緩い石段が長く続く。 天健金草神社、二の鳥居 木造の二の鳥居のずっと先に見えるのは社殿ではなく、随神門である。 随神門 随身門には天…

賀茂那備神社、都万の舟小屋

冠島 菱浦港からレインボージェットに乗って島後の西郷港に向かう。左手には西ノ島の北端の岬の先に繋がる冠島が見える。 西郷岬 船は島後の南岸沿いを東に進み、西郷岬を左に急旋回する。左に見える崖上の西郷岬灯台は、隠岐の島の海の玄関口西郷港に入港す…

後鳥羽上皇行在所跡、隠岐神社

後鳥羽上皇行在所跡 時間がないので残念ながら海士町役場近くに戻り、隠岐神社に寄る。海士町には縄文時代の郡山遺跡、三田遺跡、北分遺跡などがあり、産出されない黒曜石や石器類が数多く出土している。弥生式土器とともに出雲と同種の銅剣が竹田遺跡から出…

中ノ島、三郎岩、宇受賀命神社、明屋海岸

中ノ島、三郎岩 知夫里島で昼食後、隠岐4島目の中ノ島に向かう。海士町の菱浦港に着くとすぐに島巡り。といっても時間が限られているので北部を時計回りする。菱浦の東の諏訪湾に沿って北へ向かい、東に折れる辺りで海が見える。手前に三郎岩、向こうに西ノ…

天佐志比古命神社

天佐志比古命神社(一宮神社) 知夫村役場の近くの宇都に、天佐志比古命神社(一宮神社)がある。反りが強い一の鳥居の扁額には「一宮神社」と書かれているように、地元では「一宮(いっくう)さん」と呼ばれる。 天佐志比古命神社の狛犬 参道の右脇に立つ出…

見附島、美田八幡宮、知夫里島へ

見附島 別府港の正面に見える、こんもりと緑に覆われた無人島は見附島という。西ノ島に配流となった後醍醐天皇を隠岐守護・佐々木清高の警護兵が見張る武士の屯所があったという。見付とは警護兵が見張りをする場所を指す。江戸時代には立山(藩有林)として…

黒木神社、西ノ島ふるさと館

後醍醐天皇行在所跡 別府港から北東へ海岸沿いに歩くと黒木神社の神門があり、すぐ左手に、後醍醐天皇行在所跡、後醍醐天皇に関する資料を展示する碧風館がある。 碧風館 碧風館には、中世の文書、地名「黒木」に関する宇野家家譜、美田村神社之縁起集、伝後…

比奈麻治比売命神社

由良の浜 西ノ島の西から東へ一気に移動するが、途中でまた由良比女神社のある由良の浜を通った。満開の桜が華やかだ。 比奈麻治比売命神社 フェリーの発着する別府港を過ぎると、小さな集落がいくつかあるだけで、最後の集落・宇賀に着く前の草木の生い茂る…

由良比女神社、浦郷港

由良の浜「イカ寄せの浜」 浦郷港の少し西にある由良比女神社の向かいに、鳥居と人型看板が立つ風変わりな由良の浜がある。「イカ寄せの浜」と呼ばれるこの入江では、明治・大正から昭和の20年代にかけて、毎年のように冬にイカの大群が押し寄せ、イカを拾い…

焼火(たくひ)神社

隠岐の黒曜石 泊まったホテルのロビーに真っ黒な黒曜石が展示されていた。隠岐の黒曜石は、はるか3万年前から中国地方を中心に新潟や四国地方に運ばれており、旧石器時代から石器の材料として利用されていた。隠岐の黒曜石は、遠くはウラジオスクまで運ばれ…

玉若酢命神社

億岐家住宅 隠岐の島町(島後)の東半分を一周して中心地の西郷に戻る。玉若酢命神社のすぐ左手に億岐家住宅がある。玉若酢命神社の宮司を務める億岐氏の住宅で、享和元年(1801)に建てられたもの。建築年代のわかるものでは隠岐最古の社家住宅である。身分…

浄土ヶ浦海岸、大山神社、黒島

浄土ヶ浦海岸 布施集落の北側に浄土ヶ浦海岸がある。1kmに及ぶ複雑な海岸は島礁の数が多く、多島海岸風景は風光明媚な景勝地で知られる。 浄土ヶ浦海岸 浄土ヶ浦海岸は大きく4つの入江に分かれ、この一番左の入江は最もおとなしい白砂の海岸である。 ヤブ…

春日神社

春日神社の鳥居 隠岐の島町の東半分を一周する国道485号線を中村から南東に進むと布施集落に至る。隠岐では珍しい白い砂浜の海水浴場「春日の浜」に面する黒松林の中に春日神社がある。「日本の白砂青松百選」にも選定されている。樹齢350年を超える黒松が70…

中村海岸、一之森神社、八王子神社

中村海岸の妖怪像「さざえ鬼」 「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる漫画家水木しげるの故郷、境港の「水木しげるロード」にはたくさんの妖怪像が設置されているが、白島海岸の東、中村地区「武良郷」は、本名の姓「武良」から水木氏のルーツとされている。隠岐の島…

伊勢命神社

伊勢命神社 五箇には多くの見所があるが、そこは最終日に回して、五箇の北部にある久見の集落の氏神である、伊勢命神社を訪れた。隠岐4大社の一つであるけれども、小さい集落に見合ってか、境内地は小さい。それでも久見は西日本最大の黒曜石の産地であった…

隠岐の島町、水若酢神社

水若酢神社、一の鳥居 一昨年の対馬、昨夏の壱岐に続き、今年の4月には隠岐の島を訪れた。いずれも、日本海に浮かぶ島で、古い歴史に包まれていて興味が尽きない。旧石器時代の黒曜石の産地でもあった隠岐の島には縄文遺跡もあり、古墳時代には300基以上…

興神社、兵主神社

ステゴドン象の復元模型 豪ノ浦町にある壱岐文化ホールの中庭に、ステゴドン象の復元模型が展示されている。このステゴドンは鮮新世後期から更新世にかけて(約100万年〜500万年前)アジアに広く分布していて、大陸から渡ってきて小型化している。1971年に勝…

白沙八幡神社

白沙八幡神社の巨大な鳥居 壱岐空港および壱岐随一のビーチ筒城浜の近くに、白沙八幡神社がある。巨大な鳥居の扁額の上部には、八幡神の使いである鳩が鎮座している。ブラジルに移住した人々によって奉献されたという。 二の鳥居 道路の海側には目新しい巨大…

壱岐神社、はらほげ地蔵、小島神社

壱岐神社の大鳥居 壱岐の東の玄関口、芦辺港を囲む湾の入口にある少弐公園の手前に壱岐神社が建っている。少弐公園には、元寇の遺跡や当時の壱岐守護代少弐資時の墓や狼煙台などがある。 壱岐神社の拝殿 壱岐神社の祭神として、弘安の役にて19歳で戦死した少…

男嶽神社

男嶽神社 女嶽神社の先、壱岐島の鬼門・男岳山(168m)の山頂付近に男嶽(おんだけ)神社がある。明治時代まで山全体が神体とされ、一般人の入山が禁止されていた霊山という。 男嶽神社の鳥居 鳥居の脇には展望台があり、壱岐の島の様子を見渡すことができ…

箱崎八幡神社、女嶽神社

箱崎八幡神社 次に向かったのは、壱岐の北東部、芦辺町の箱崎にある箱崎八幡神社。道路に面してがっしりした一の鳥居が建つ。 二の鳥居 40段ほど石段を上ると少し広くなって、二の鳥居の先にまた石段が続く。苔も草も多い。 三の鳥居と社殿 石段を上り詰めた…

住吉神社

「夫婦楠」 住吉神社の二の鳥居 壱岐風土記の丘のすぐ南、壱岐島のほぼ中央に住吉神社がある。平戸藩主により寄進された、苔むした大きな二の鳥居の奥、参道の先に一段高くなったところに社殿が見える。 竹生島神社と稲荷神社 境内に入りすぐ左にある神池の…

元寇千人塚、壱岐風土記の丘、塞神社

元寇「新城の千人塚」 新城神社のすぐ東に元寇「新城の千人塚」がある。千人塚は、「少弐の千人塚」(弘安の役・瀬戸浦古戦場)、「浦海海岸の千人塚」(文永の役の戦死者を葬った場所)など、壱岐島内に6ヶ所確認されているが、この文永の役新城古戦場の千…

曽良の墓、印鑰神社、新城神社

諏訪大社の御柱 辰ノ島周遊のあと勝本浦に戻って史跡散歩を続ける。曽良の墓があると聞いて、城山公園に向かった。蕉門十哲の一人である河合曽良の終焉の地である勝本町は、曽良翁の生誕地である長野県諏訪市と平成6年(1994)友好都市の提携を行った。その…

天手長男神社、聖母宮

天手長男神社 郷ノ浦の中心部より北、国道382号線の東、鉢形山の麓に天手長男(あめのたながお)神社の鳥居があり、階段を上るとまた鳥居があって境内に建つ社殿が見える。『延喜式神名帳』に載る式内名神大社で、壱岐国一宮の天手長男神社に比定されている…