半坪ビオトープの日記

寺社

稚内港北防波堤ドーム、北門神社

稚内港北防波堤ドーム 稚内港北防波堤ドームは、稚内港の防波堤の役割及び、稚内と樺太を結ぶ鉄道連絡船(稚泊連絡船)の桟橋から駅までの乗り換え通路を兼用するために、1931年から五年かけて建設された。その後、稚内桟橋駅が開設され、乗客はドーム内を歩…

根曽古墳群、雞知の住吉神社、梅林寺

雞知浦に根曽古墳群 対馬東海岸の雞知浦に張り出す岬に国指定の史跡、根曽古墳群がある。この左手前の先にある。 根曽古墳群 根曽古墳群は、5世紀から6世紀に営まれた古墳群で、三基の前方後円墳と二基の円墳とからなっている。弥生時代から古墳時代にかけ…

太祝詞神社、金田城跡

加志から見る白嶽 対馬下島の北部、美津島町と厳原町との境に屹立する白嶽(519m)は、古来より霊山として崇められた対馬のシンボル的存在で、大陸系植物と日本系植物が混生する国内最大の独自の生態系をもつ洲藻白嶽原生林として、国の天然記念物に指定さ…

木坂の海神神社

木坂の海神神社 木坂の集落の東の外れに海神神社の鳥居がある。周辺の木坂山(伊豆山)は県指定天然記念物の原生林で「野鳥の森」となっている。伊豆山の伊豆とはイツ(稜威、厳)の意で、心霊を斎き祀ることを意味する。鳥居脇には「國幣中社海神神社」との…

対州馬、國本神社

対州馬 琴から南下し、小鹿で西に向かって上県町に入り、対馬北部・上島の最高峰・御岳(479m)の麓にある目保呂ダム馬事公園に行く。御岳の裾野の原生林から湧き出る清流が公園内を流れ、施設内にはキャンプ場もあり、夏にはフナと川遊びができる。霊峰・…

舟志乃久頭神社、琴の大銀杏

舟志乃久頭神社 比田勝から上対馬町を南下すると、深い入江の舟志湾の奥に舟志(じゅうし)の集落がある。舟志川沿いには約7kmにわたる紅葉の群生地があり、「舟志のもみじ街道」と呼ばれ対馬一の紅葉を誇っている。その入り口付近の県道沿いに、舟志乃久…

天神多久頭魂神社

ユッカラン 記紀神話で原初の神は、アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビの3神であり、対馬固有の神であるタクズダマは、タカミムスビとカミムスビ両神の子神とされている。タカミムスビとタクズダマは前日に訪れた南部の豆酘に鎮座していたが、北西…

小茂田濱神社

小茂田濱神社 対馬下島の中心地厳原から西に向かう県道44号線が、西海岸を北上する県道24号線にぶつかる小茂田の海岸沿いに、小茂田濱神社が鎮座している。元寇(文永の役)の際に、元・高麗連合軍が上陸した地にあたる。 「元寇奮戦図」 神社近くに「元寇奮…

椎根の石屋根、銀山神社

椎根の石屋根 久根田舎から西海岸を北上して椎根の集落に入ると、ここにも対馬特有の石屋根が見られる。石屋根を葺いている板石は、頁岩と呼ばれる石材で、美津島町の浅茅湾の奥にある島山から船や牛で運ばれたものである。この石屋根の習俗が何時頃から始ま…

雷神社、銀山上神社

雷神社の鳥居 豆酘(つつ)の集落の西を流れる乱川横の小道を北上すると、左側の森に小さな鳥居が見える。亀卜神事で知られる雷神社の鳥居である。 雷神社の拝殿 さらに進むと小さな川向こうに小さな拝殿がある。式内社である雷(イカズチ)神社の祭神は、イ…

高御魂神社

多久頭魂神社の社殿 あらためて参道突き当たりの多久頭魂神社の社殿を見ると、左側面で拝殿の入口ではないことが確認できる。多久頭魂神社は前に述べたように、古くは龍良山を御神体として社殿はなく、本来の祭神は対馬固有のタクズタマ=多久頭魂であるが、…

多久頭魂神社

多久頭魂神社、参道入口 二日目の午後から台風のため風雨が激しくなった。三日目も天気は不安定だったが、厳原から時計回りで対馬下島を一周する予定で出掛けた。県道24号厳原豆酘美津島線は、照葉樹の深い森の中を南へ南へと進む。対馬下島の東側はリアス式…

八幡宮神社

八幡宮神社の鳥居 厳原町の中心部に広い駐車場があり、清水山の麓に八幡宮神社と天神神社などが並んで鎮座している。社叢にはクスノキなどの巨木が目立つ。右の鳥居と大きな石段が八幡宮神社の参道で、すぐ左の小さな石段が宇努刀神社の参道である。 八幡宮…

金石城跡、清水山城跡

濱殿神社 対馬下島の北部は美津島町が占め、東部、南部、西部を厳原町が占める。最大市街地の厳原地区以外は、西部の佐須川流域を除き、平地がほとんどない。市役所付近は7世紀には対馬国の国府が置かれた地と考えられているが、いまだその遺構は見つかって…

厳原、万松院

万松院の山門 対馬中央部から南の対馬下島の中心地、厳原に向かう。厳原は14世紀後半から江戸時代に至るまで、一貫して対馬を治めてきた藩主・宗氏にまつわる史跡をはじめ、幕府から一任された朝鮮通信使が通り過ぎて行った痕跡が、寺院などに残されている。…

阿麻氐留神社

小船越から西の漕手へ 和多都美神社がある豊玉町は対馬上島の南部で仁位浅芽湾を囲んでいるが、浅芽湾の南部は対馬下島の美津島町が囲んでいて、浅芽湾の最も東に小船越の集落がある。この小船越は対馬海峡と浅芽湾を繋ぐ海上交通の拠点で、かつては小さな船…

和多都美神社

和多都美神社の鳥居 対馬を縦断する国道382号から烏帽子岳展望所へ向かって分岐する道沿いには、和多都美神社があるのだが、はるか手前に大きな鳥居が建っていた。対馬の細かい資料が手元にないので、旅行前に対馬市より歴史観光資料を取り寄せたところ、対…

宇奈月へ戻る

黒部峡谷の「下の廊下」 欅平駅にはビジターセンターがある。黒部峡谷の誕生や歴史、地質、動植物など映像や写真により紹介している。黒部峡谷の黒部川を黒部ダムまで遡る「下の廊下」には、S字峡、十字峡という険しい絶壁があり、ベテランの上級登山者でも…

光前寺

光前寺、仁王門 乗鞍高原から駒ヶ根高原に移動した日に駒ヶ根にある名刹、光前寺を訪ねた。光前寺は天台宗の別格本山の寺院で、正式には宝積山無動院光前寺という。貞観2年(860)創建とされ、天台宗信濃五山(他は戸隠山の顕光寺、善光寺、更科八幡神宮寺…

加計呂麻島、実久三次郎神社

古仁屋港「フェリーかけろま」 古仁屋港からは、南の加計呂麻島やその南の請島、与路島への航路がある。20代半ばに島尾敏雄と島尾ミホの小説に感銘し、加計呂麻島、与路島を訪れたことがある。与路島の民宿では、当時の島一番の三線の名手のおばあさんの演奏…

伊奘諾神宮、明石のタコ

淡路市多賀に伊弉諾(いざなぎ)神宮がある。式内社の名神大社で淡路国の一宮であり、日之少宮、津名明神、多賀明神、淡路島神、一宮皇大神とも別称され、通称「一宮(いっく)さん」とも「伊奘諾さん」とも呼ばれる。花崗岩製の一の鳥居は、平成7年(1995…

先山千光寺

淡路島中部にある千山山地の最高峰、先山(せんざん、448m)の山頂には、淡路島第一の名刹である先山千光寺が建っている。先山は麓から眺める姿が富士に似ていて、淡路富士の別名も持つ。山頂近くまで急傾斜の細道があるが、広い行き止まりに駐車して茶屋の…

鳴門のうず潮、淡路島

四国と淡路島を隔てる鳴門海峡は、豪快な「鳴門のうず潮」で知られる。鳴門海峡を跨ぐ大鳴門橋の鳴門側は、鳴門山展望台や孫崎展望台のある大毛島の先端にある鳴門公園となっている。公園の西側にある亀浦漁港から鳴門のうず潮を間近に眺める観潮船が出てい…

霊山寺

鳴門市にある霊山寺(りょうぜんじ)は、四国にある空海ゆかりの四国八十八箇所霊場の第一番札所として有名で、「発願の寺」として「一番さん」の名で親しまれている。山門の手前に発心の門がある。四国の霊場は人生に例えて、阿波国の霊場は発心の道場、土…

小豆島、ヤマロク醤油、中山千枚田

そろそろ年の瀬が近くなってきたが、5月の連休に小豆島と淡路島を巡ったので、その報告を済ませておきたい。新岡山港からフェリーで小豆島の土庄港に着き、レンタカーを借りてオリーブ公園に近い平井製麺所に直行した。土鍋に入った熱々の釜揚げそうめんは…

熊野磨崖仏

豊後高田市田染にある熊野磨崖仏は、平安時代後期の磨崖仏とされ、国の重要文化財および史跡に指定されている。磨崖仏への入口は、田原山(鋸山)山麓にある胎蔵寺であり、寺の脇から石段を15分ほど上っていく。 石の太鼓橋を渡り、杉の巨木に囲まれた石段を…

真木大堂

真木大堂に向かう途中、田染八幡神社の北側の凝灰岩層の岩壁に抉られた龕に、覆い堂に保護された元宮磨崖仏を見かけた。近隣の熊野磨崖仏とともに国の史跡に指定されている。 不動明王を中心として、右に矜羯羅童子(こんがらどうじ)、毘沙門天、左に持国天…

国東半島、富貴寺

三日目は大分県の国東半島に向かった。熊野磨崖仏などがある国東半島は、神仏習合の信仰形態をもつ宇佐八幡(宇佐神宮)と関係の深い土地であり、古くから仏教文化が栄えていた。石段の参道入口の両側にはいくつもの石造物が並んでいる。石段左側の石灯籠に…

高千穂峡、阿蘇神社、湯布院

翌朝は早く出かけて高千穂峡のボート遊覧を楽しむ。五ヶ瀬川にかかる高千穂峡は、国の名勝、天然記念物に指定されていて、五箇瀬川峡谷とも呼ばれる。阿蘇カルデラをつくった約12万年前と約9万年前の火山活動による火砕流堆積物が五ヶ瀬川の峡谷にも流れ下…

竹生島、宝厳寺

唐門の前から右手に近道の石段があるのでそこを上がっていくと、右手に西国三十三ヶ所観世音奉安殿が建っている。 この奉安殿には、西国三十三ヶ所霊場の観世音菩薩をまとめて安置してあるので、ここを参拝することで西国巡礼を経たのと同じ霊験を得られると…