半坪ビオトープの日記

赤ダキ断崖、青砂ヶ浦天主堂、鯨賓館ミュージアム、冷水教会

 

小瀬良教会
津和崎灯台から有川へ戻る途中、道路脇の高台に赤い屋根の教会を見つけた。小瀬良教会という昭和26年(1951)に石垣の上に建てられた小さな教会でありながら、入口上には楽廊がある。内部は折り上げ式の天井。教会に向かって右側には、イエスを抱いたヨゼフの白い像が認められる。この辺りの大瀬良・小瀬良・上小瀬良集落は、山の中腹斜面に造られ、北魚目の典型的な文化的景観を成している。

赤ダキ断崖

朝一で訪れた曽根教会の西に向かうと、大きな奈摩湾の入口に赤ダキ断崖がある。曽根火山は、北魚目番岳(443m)と小番岳(322m)との鞍部の西側に噴出した玄武岩質の火山砕屑丘(噴石丘)で、火山地形のホマーテ(臼状火山)に属する。最高点は海抜143mで、噴出時には直径約1kmの円径の基底面を持っていたと推定されている。南側が海蝕で著しく削られ、山腹の断面が「赤ダキ断崖」と呼ばれている。上下2層に分かれ、下層部は黄〜黄灰色の火山礫凝灰岩層であり、上層部は赤色の岩滓層で多量の火山弾を含む。県の天然記念物に指定され、長崎県観光百選にも選ばれている。

対岸には矢堅目公園
「赤ダキ断崖」の対岸には矢堅目公園があり、沈む夕陽を眺める絶好のポイントとなっている。

青砂ヶ浦天主堂
奈摩湾の中腹を見下ろすように正面を西に向けて立っているのは、青砂ヶ浦天主堂である。計画は大崎八重神父、設計施工は「教会建築の父」とも呼ばれる鉄川与助で、明治43年(1910)竣工し献堂式が行われた。初期のレンガ造りの重層屋根構造。正面は煉瓦による帯状装飾によって3分割し、薔薇窓や縦長アーチ窓によって飾られ、正面入口には台座と植物模様の柱頭飾を有する円柱で支えられた石造りアーチを持つ。内部は3廊式で、リブ・ヴォールト(コウモリ)天井、アーチは全てポインテットアーチで造られている。現在の建物は3代目で、平成22年(2010)に献堂100周年を迎えた。国の重要文化財に指定されている。教会の保護者は大天使聖ミカエルである。鉄製の鐘楼は1920年に神父の着任25周年を記念して建てられたもので、鐘はイタリア製である。戦時中は国に没収され、奈摩地区の警戒警報の合図に利用されたが、戦後、青砂ヶ浦の青年たちが取り戻したという。

青砂ヶ浦天主堂
青砂ヶ浦にいつ頃からキリシタンが住み始めたかは不明だが、明治11年(1878)ごろには初代教会堂があったという。明治32年(1899)から青砂ヶ浦が上五島の中心の教会になった。3代目の現天主堂が建設された頃の信徒数は約50戸で、1戸あたりの負担金は20円。当時は100円で家が1軒建ったというから20円はかなりの額だ。建築に使用されたレンガは佐世保より、木材は平戸から、石材は頭ヶ島より船で運ばれ、海岸からは信徒たちにより搬送されたという。

鯨賓館ミュージアム
新上五島町の玄関である有川港多目的ターミナルの中に鯨賓館ミュージアムがある。捕鯨上五島文化遺産であり、ミュージアム捕鯨コーナーでは、有川湾における江戸時代の古式捕鯨の鯨組の様子や、近代捕鯨の始まりである東洋捕鯨株式会社の様子、昭和の商業捕鯨に使用された尖頭銛・平頭銛、包丁等の道具類、各種鯨の骨格標本などが展示されている。ミュージアム右手前の力士像は、有川出身の第50横綱佐田の山関である。

鯨のモニュメント
鯨賓館ミュージアムの正面玄関前では、御影石などで造ったダイナミックな鯨のモニュメントに出会うことができる。

ミュージアムの日本遺産コーナー
ミュージアムの日本遺産コーナーでは、構成文化財である「遣唐使史跡」「伝教大師ゆかりの山王山」「日島の石塔群」などの写真パネルや遺物を展示している。姫神社跡や青方神社、ともじり石、御船様など、今回尋ねることができなかった遣唐使史跡の写真は興味深かった。


最澄ゆかりの山王山
伝教大師最澄ゆかりの山王山も標高が439mもあって、尋ねる時間を確保できなかった。

鉄川与助コーナー
世界文化遺産鉄川与助コーナーでは、頭ヶ島の集落や町内にある29の教会堂に関する情報や、リブ・ヴォールト天井の説明、鉄川与助の数々の功績が紹介されていた。他にも当町出身の第50 横綱佐田の山」のコーナーもあった。

冷水教会
再び有川から北上し、先ほど見た赤ダキ断崖や青砂ヶ浦天主堂の対岸にある矢堅目公園に向かう。公園の手前の高台に冷水教会が建っている。奈摩湾の西側にある冷水の信者たちは、五島崩の迫害では逃れて戻ることはなく、近辺や平戸や下五島などからその後に移住してきた人々が住み着いた。対岸にある青砂ヶ浦天主堂伝馬船で通っていたが、明治40 年(1907)に現在の教会堂が完成し、青砂ヶ浦天主堂の巡回教会となった。近くの丸尾郷出身の鉄川与助が棟梁となって初めて手がけた教会である。重厚な赤レンガ造りの青砂ヶ浦天主堂に対し、純然たる木造建築で、列柱は角柱、簡素な植物模様主頭は堂崎天主堂にも相通じる。単層屋根構造、内部は3廊式で、漆喰仕上げ4分割リブ・ヴォールト天井を取り入れ、当時としては極めて斬新な建築である。側面の窓は5つの円を組み合わせた模様となっている。