半坪ビオトープの日記

岩手

軽米町歴史民俗資料館、久慈琥珀博物館

南部町の法光寺から南東に進むと、岩手県軽米町に入る。八戸自動車道をくぐり抜けた先に歴史民俗資料館がある。復元された竪穴式縄文住居や古民家、お祭り広場などが揃う「えぞと大自然のロマンの森」内に位置し、軽米町の文化遺産を展示している。 左手(北…

幽玄洞

猊鼻渓舟下りで今回の旅は終わる予定だったが、時間が少し余ったので近くの幽玄洞を見学した。 幽玄洞入口近くの土手に、キツネノカミソリ(Lycoris sanguinea)の群落を見かけた。本州、四国、九州の明るい林床や林縁に生える多年草である。葉は夏には枯れ…

猊鼻渓舟下り

日本百景の一つにも数えられる猊鼻渓は、高さ50mを超える石灰岩の岩壁がおよそ2kmにわたって続く渓谷で、明治以前は絶対の秘境として隠され、所在する長坂村でもその存在を知らぬ人が多かったと伝えられる。旧藩時代に、たまたま藩吏などが探勝に来る度に…

厳美渓から猊鼻渓

岩手県の南玄関、一関の東西には古くから親しまれている景勝地がある。東には猊鼻渓、西には厳美渓がある。厳美渓は、栗駒山を水源とする磐井川中流の渓谷で、全長2kmにわたる。厳美渓のほぼ中心に位置する天工橋から下流を眺めると、彼方には御覧坊橋と…

骨寺村荘園遺跡

達谷窟毘沙門堂から南に向かうとすぐに厳美渓があるが、その直前で10分ほど西に進むと骨寺村荘園遺跡がある。ここは栗駒山から東流する磐井川左岸に形成された段丘平野で、周囲は標高300m前後の低い山々に囲まれている。ここ一関市厳美町本寺地区は、その昔…

不動堂、西光寺金堂

達谷窟毘沙門堂の西に約10丈(約33m)にも及ぶ大岩壁に刻まれた磨崖仏は、前九年・後三年の役で亡くなった敵味方の諸霊を供養するために、陸奥守源義家が馬上より弓はずを以て彫りつけたと伝えられている。この磨崖仏は、高さ約16.5m、顔の長さ約3.6m、肩…

達谷窟毘沙門堂

山深い夏油温泉から再び平泉に戻り、西南の厳美渓に向かいながら途中の達谷窟毘沙門堂に寄る。その手前の道路の右側に大岩があった。髢石(かつらいし)という高さ3mほどの巨岩であるが、その名の由来は達谷窟毘沙門堂の姫待不動堂にある。達谷窟に塞を構…

夏油温泉

岩手県最南端に近い平泉からもう一度北上して、北上市西南部の夏油温泉に向かった。夏油温泉はその名が「げとう」という珍しい名前なので、若い頃から名前だけは知っていて一度は訪れたいと思っていたが、東北自動車道から西へ約20kmほどひたすら山道を進む…

柳之御所、高館義経堂

毛越寺から東に向かい、平泉駅を越えて北上川の手前に柳之御所遺跡がある。柳之御所は、奥州藤原氏初代清衡が江刺郡豊田館(奥州市)から磐井郡平泉に移ってきて居館を構えた所であり、3代秀衡が政庁・平泉館とするため再整備を行ったとされる。中尊寺の南…

州浜、観自在王院跡

鐘楼堂の裏から東にかけて、法華堂跡および常行堂跡がある。法華堂跡は南北約50尺、東西約50尺の方形土壇で、土壇には23個の残存礎石があり、周辺の玉石敷面より1.5尺ほど高かったとされる。 享保年間に建てられた現在残っている常行堂は、創建以来同じ位置…

遣水、常行堂

講堂跡の東側に、金堂円隆寺跡の大きな土壇がある。南大門から大泉池の上に渡された橋を見通した正面にある、毛越寺の中心部を占める堂であった。3間の内陣に四面の外陣がつき、さらに四面の裳階がつく正面7間、側面6間の大規模な建築であったことが判明…

浄土庭園、開山堂

目の前に広がる浄土庭園は、東西約180m、南北約90mの大泉が池を中心に、築山・州浜・遣水・立石などいくつもの佳景が点在する。池の中央には東西約70m、南北約30mの勾玉状の中島があり、池の周辺や中島には玉石が敷かれている。昔は南大門前から中島南ま…

毛越寺、本堂

中尊寺の南約3kmに天台宗の毛越寺がある。境内は、毛越寺境内附鎮守社跡として国の特別史跡となり、庭園は特別名勝に指定されている。入口の山門は、大正10年(1921)に伊達一関藩主田村氏居館の正門を移したものである。 山門を潜ってすぐ左側に宝物館が…

白山神社

釈迦堂の前の参道をさらに進むと、朱色がまぶしい大きな両部鳥居が立っている。ここから先は、白山神社の境内となる。 参道から左に上がる脇道は、木の根がむき出しとなって階段のようになっていた。 参道の突き当たりには、茅葺の大きな能舞台が現れる。こ…

経蔵、旧覆堂

金色堂の裏手に、経蔵が建っている。間口3間、屋根は宝形、かつては茅葺だったが昭和25年に銅板葺きに改められた。現在の平屋建ての建物は、平安時代の2階瓦葺の古材を使った鎌倉時代の再建と考えられている。ここには日本最古の棟札が伝えられ、保安3年…

中尊寺、金色堂

阿弥陀堂の向かい、参道の左側に大きな讃衡蔵が構えている。奥州藤原氏の残した文化財3000点余りを収蔵する宝物館で、平安期の諸仏、国宝中尊寺経、奥州藤原氏の遺体の副葬品などが納められている。 讃衡蔵内は撮影禁止なので、パンフの切り抜きを載せる。讃…

中尊寺、峯薬師堂

本堂の先、参道の右側に峯薬師堂が建っている。元は経塚山(金色堂)の下にあったが天正年間(1573~91)に荒廃、のち元禄2年(1689)現在地に再建された。現在のお堂は昭和57年の改築で、面積は32.5坪、桁行3間、梁間3間の瓦葺単層宝形造である。 本尊は…

中尊寺、本堂

薬師堂の隣、本堂の斜め向かいに、方3間宝形造の観音堂が建っている。 観音堂内には、観音菩薩が安置されている。観音様として一般大衆の信仰を最も集めている仏様で、衆生の苦しみや救いの声を聞きつけて馳せ参じてくれる。顕れる時多くの姿をとるといわれ…

平泉、中尊寺

平泉の中尊寺参道入口前の広場に、武蔵坊弁慶の墓と伝えられる宝塔がある。交通の激しいところで裏手から見るだけだったが、大きな墓碑の脇の松の根元に高さ58.5cmの宝塔があるという。平泉型の一石宝塔で、平安時代後期の作と推定されているが、ここに置か…

花巻温泉、賢治記念館

予定を大幅に変更して秋田駒ヶ岳に登ったため、花巻市内の観光地巡りは省略して花巻温泉に泊まった。花巻駅の北西方向の森林地帯に散在する花巻温泉郷には、台川沿いの花巻温泉や台温泉、豊沢川沿いの鉛温泉や志戸平温泉など12もの温泉が湧出している。中で…

炭火焼肉、盛岡冷麺

盛岡三大麺は、わんこそば、盛岡冷麺、じゃじゃ麺という。今回は盛岡冷麺を選び、チェーン店でもよいと探した結果、手頃な「元氣のでる炭火焼肉やまなか家」雫石店に寄った。 盛岡冷麺とは、昭和29年(1954)に朝鮮半島から盛岡に移住した食堂園初代店主の青…

志波城、政庁跡

政庁は150m四方の築地塀で囲まれ、内側には儀式を行う多くの建物が整然と並んでいた。 政庁南門を潜って目隠塀の左奥を見ると、彼方に政庁西門が建っている。 外郭と政庁の規模は、鎮守府胆沢城を上回り、国府多賀城に匹敵する大きなもので、陸奥国最北端の…

志波城古代公園

8月中旬に、秋田駒ヶ岳・八甲田山・岩木山をトレッキングするため、岩手・秋田・青森県を巡った。まず、秋田駒ヶ岳の麓、田沢湖高原を目指し、盛岡駅から田沢湖へ向かった。 途中、盛岡市郊外にある志波城古代公園に立ち寄った。 志波城古代公園は、今から…

八幡平頂上直下にある藤七温泉の近くに蓬莱境がある。オオシラビソやコメツガの鬱蒼とした原生林の中に奇岩・怪石が連続し、迷宮のような自然の大庭園というので訪れたが、湿気が多く視界が悪いのであまり楽しめなかった。 こうした高山の林下でよく見かける…

黒谷地湿原にもイワイチョウ、シロバナトウウチソウ、エゾオヤマリンドウ、トウゲブキなどほかの湿原で見られる花は大体そろっている。 この黄色の小さな花は、イワオトギリ(岩弟切、Hypericum kamtschaticum var. hondoense) という。本州の中部地方以北の…

八幡平頂上の周遊コースは前の日に雨模様の中歩いたので、この日は気軽に行ける黒谷地湿原を訪ねた。駐車場から15分で行ける高層湿原は少ないと思う。 木道のコースに入るとすぐに道端のハチマンタイアザミの花にいろいろな蝶が舞っていた。これはミドリヒ…

翌日は打って変わって晴天となった。また八幡平頂上に向かったが、まだ台風8号の影響が残っているのか雲が湧き出てきた。これは頂上付近から秋田県側を見晴らしたもの。大深沢源流の原生林が見える。 こちらは岩手県との県境にあるもっこ岳(1577m)。山頂…

日本全国の山野の湿地帯でよく見かけるウメバチソウ(Parnassia palustris) は、北半球に広く分布している。梅鉢の紋を連想して名づけられたが、瑞々しく清楚な感じが小気味よい。 この白いシオガマは、本州中部地方以北の高山帯に分布するエゾシオガマ(Ped…

湿原でよく見かけるのは、このタチギボウシ(Hosta rectifolia) で、コバギボウシ(H. sieboldii) の北方変異型とされ、紫色も濃く立ち姿がよく目立つ。 湿原の水辺には丸い葉が特徴のイワイチョウ(岩銀杏、Fauria crista-galli) の花がまだ咲き残っていた…

八幡平頂上付近にいくつもある沼の中で最も大きいのが八幡沼で、両岸には立派な避難小屋がある。八幡平周辺は登山道がかなり整備されているが、発生しやすい霧になると視界が利かなくなるので心強い。 沼の斜面にはトウゲブキやハチマンタイアザミ、シロバナ…