半坪ビオトープの日記

夏油温泉


岩手県最南端に近い平泉からもう一度北上して、北上市西南部の夏油温泉に向かった。夏油温泉はその名が「げとう」という珍しい名前なので、若い頃から名前だけは知っていて一度は訪れたいと思っていたが、東北自動車道から西へ約20kmほどひたすら山道を進む山奥の秘湯である。「げとう」という名は、アイヌ語の「クットゥ・オ」(kut-o、崖のある所)に由来し、冬は豪雪のため利用できなくなるところから「夏湯(げとう)」といわれ、お湯が夏の日差しでユラユラと油のように見えたので、後に「湯」が「油」になったと伝えられている。

温泉発見については、平家落人の末裔であるマタギの高橋四郎左ェ門が、傷ついた白猿を追ったところ、大湯で癒している姿を見て発見したと、白猿発見伝説で語られている。
一方、昭和5年の内務省衛生試験場の報告書は、慈覚大師発見説をとり、「本温泉の発見は遠く文徳天皇の斉衡3年(856)」と記している。夏油山中には、駒ヶ岳、五百羅漢、仏石、お坪の松など慈覚大師にまつわる伝説が多く、北上川東側の国見山に対応する古代信仰の霊場を思い起こされるものとなっている。温泉入口の右手には、山の神が祀られ、その背後には桂の巨木が立っている。双子の桂で、樹齢は約500年といわれている。

元湯夏油は、旅館部4棟、自炊部4棟と総計400名収容の大きな温泉で、7つの湯が湧き出ていて1軒で旅館街を形成している。朝早く露天風呂に向かう道の両側には自炊部の湯治場棟が建ち並んでいる。

5つの露天風呂を含めた7つ全ての湯がその場所から湧出し、そのまま湯船にしている源泉掛け流しの温泉なので、熱い湯もあり温い湯もあり、渓流沿いまで下りていってじかに確かめなければならない。とはいえ、せっかくこんな山奥まで来たのだから、女性専用の滝の湯以外は全て味わってみるつもりである。一番近い真湯と女の湯(めのゆ)は、宿のすぐ左手の石段を下りたところにある。正面の真湯は、男女別の脱衣所があっても中は湯船が一つの混浴である。湯船は比較的広く、お湯も適温で、緑深い谷川の景観が楽しめる。

川向こうの女の湯も入口が一つの混浴だが、滝の湯以外の混浴全てに女性専用時間帯が設けられている。女の湯はホウ酸性が強く、目の湯とも書かれ眼病に効くという。湯船は狭くお湯も温いが、谷川にかかる橋を渡っていく風情がある。

建物群の突き当たりを左に折れて下っていくと、女性専用の滝の湯の先に大湯が現れる。その名の通り大きな湯船だが、お湯がとても熱かった。
大湯から谷川沿いに左手前にさらに下ると、小さな疝気の湯がある。荷物置き場しかないので隠れようもなく開放的であり、湯船の底からぼこぼこと源泉が涌き出していて野趣に富んでいる。

建物群の突き当たりを右手に上がると薬師神社がある。温泉が発見されて以来、夏油温泉の神様として薬師如来を祀っている。

社の右に立っている、温泉を見守り続けてきた御神木である「見印の杉」は、樹齢850年以上と伝えられている。つまり、この温泉が開発された当時、薬師神社建立と同時に開湯記念に植えられたと伝えられている。

夏油温泉は本当に山奥の秘湯だが、ここからさらにブナ林を登っていく駒ヶ岳、経塚山、牛形山の夏油三山登山コースの登山口でもある。標高1300m前後の山々だが東北の豪雪地帯なので高山植物の宝庫という。登山はきつそうなので近場の見どころを探すと、夏油温泉から歩いて30分ほどで天狗の岩がある。日本最大の石灰華ドームで、国の特別天然記念物に指定されている。次に温泉に来る機会があれば、ぜひとも訪れたいと思う。
帰りがけの谷沿いで、高さ2mほどのシシウドの花を見かけた。東北地方の深山なのでシシウドの高山型のミヤマシシウド(Angelica pubescens var. matsumurae)と思われる。