半坪ビオトープの日記

史跡

白沙八幡神社

白沙八幡神社の巨大な鳥居 壱岐空港および壱岐随一のビーチ筒城浜の近くに、白沙八幡神社がある。巨大な鳥居の扁額の上部には、八幡神の使いである鳩が鎮座している。ブラジルに移住した人々によって奉献されたという。 二の鳥居 道路の海側には目新しい巨大…

壱岐神社、はらほげ地蔵、小島神社

壱岐神社の大鳥居 壱岐の東の玄関口、芦辺港を囲む湾の入口にある少弐公園の手前に壱岐神社が建っている。少弐公園には、元寇の遺跡や当時の壱岐守護代少弐資時の墓や狼煙台などがある。 壱岐神社の拝殿 壱岐神社の祭神として、弘安の役にて19歳で戦死した少…

猿岩、太郎磯・次郎礫

猿岩 翌朝も快晴。湯本湾を囲む黒崎半島の先端に、壱岐のシンボルともいうべき「猿岩」がある。壱岐島が誕生する謂れとして、「壱岐は生きた島なので流されないようにと八本の柱を立てて繋いだが、その柱は折れのこり、今も岩となって残っている」という言い…

元寇千人塚、壱岐風土記の丘、塞神社

元寇「新城の千人塚」 新城神社のすぐ東に元寇「新城の千人塚」がある。千人塚は、「少弐の千人塚」(弘安の役・瀬戸浦古戦場)、「浦海海岸の千人塚」(文永の役の戦死者を葬った場所)など、壱岐島内に6ヶ所確認されているが、この文永の役新城古戦場の千…

曽良の墓、印鑰神社、新城神社

諏訪大社の御柱 辰ノ島周遊のあと勝本浦に戻って史跡散歩を続ける。曽良の墓があると聞いて、城山公園に向かった。蕉門十哲の一人である河合曽良の終焉の地である勝本町は、曽良翁の生誕地である長野県諏訪市と平成6年(1994)友好都市の提携を行った。その…

辰ノ島上陸

辰ノ島上陸 いよいよ辰ノ島に上陸する。渡し船の発着所から波打ち際に遊歩道が整備されている。低潮線保全区域に指定されている石波止という浅瀬の入江全体がネットで囲まれて辰ノ島海水浴場となっている。 キキョウ エメラルドブルーの海の色を味わいながら…

天手長男神社、聖母宮

天手長男神社 郷ノ浦の中心部より北、国道382号線の東、鉢形山の麓に天手長男(あめのたながお)神社の鳥居があり、階段を上るとまた鳥居があって境内に建つ社殿が見える。『延喜式神名帳』に載る式内名神大社で、壱岐国一宮の天手長男神社に比定されている…

岳ノ辻、見上神社、鬼の足跡

岳ノ辻展望台 壱岐島の南部に、島内最高峰の岳ノ辻がある。山頂付近に設けられた展望台からは、玄界灘に囲まれた島全体がぐるりと見渡せる。西の展望台からは、右手に郷ノ浦港が見下ろせる。港の北側の元居浦(白いアーチ型の橋のすぐ向こう)には、安政6年…

鏡岳神社、初瀬の岩脈

鏡岳神社、遥拝所 志々岐神社の後、壱岐島南端にある鏡岳神社を目指して、全く人気のない道路を小一時間ほど進んだ。小さな初瀬漁港の東にある豊かな緑に覆われた小山が鏡岳。標高50mほど、316段の石段で知られる神社で一の鳥居の脇には新しい遥拝所が設け…

碧雲荘、志々岐神社

原の辻・石田地区 原の辻・石田地区マップをみると、壱岐南東部の石田地区には、壱岐空港やフェリー発着の印通寺港、海水浴場など現在も賑やかな観光地となっているのがわかる。松永安左エ門記念館も後で立ち寄ることにする。その裏に碧雲荘がある。 碧雲荘…

原の辻遺跡=一支国王都復元公園

原の辻遺跡見取り図 公園内には駐車場がなく、公園もかなり広いので見取り図があって助かる。手前の遺跡範囲に10数棟の復元建物が建てられている。一支国博物館への道も示されている。近くには人面石の出土地点もあるようだ。 原の辻遺跡=原の辻一支国王…

一支博:広重展、原の辻ガイダンス

歌川広重肖像画 ちょうどこの夏、一支博では特別企画の広重展が開催されていた。広重の代表作「東海道五十三次」全55枚を中心に、壱岐を描いた「六十余州名所図会 壱岐志作」他が展示されている。歌川広重(寛政9年〜安政5年、1797-1858)は、江戸時代末…

一支国博物館2

壱岐国分寺跡 初日の國片主神社のすぐ西にあった壱岐国分寺跡は、別名・壱岐嶋分寺跡という。奈良時代、聖武天皇は全国に国分寺を建てるよう指示した。壱岐国では新たに建てず、統治者・壱岐直が建てた寺を壱岐国分寺に昇格させたと「延喜式」に記されている…

一支国博物館1

一支国博物館、『魏志倭人伝』 壱岐島の東南部の平原が、中国の史書に記されている倭国の一支国の跡に比定されている。『魏志倭人伝』では、「一大國」と記されるが、他の史書(魏略逸文、梁書や隋書・北史など)では「一支國」とされ、対馬國から末盧國の道…

壱岐イルカパーク、壱岐の土台石

壱岐イルカパーク 壱岐最北端の港町、勝本港は壱岐最大の漁師町である。『古事記』や『日本書紀』に記された神功皇后ゆかりの史跡や江戸時代の朝鮮通信使関連施設など、古代から近世まで日本と中国・朝鮮半島を結ぶ通行の要衝だった。それらの史跡巡りや、辰…

顎掛け石・へそ石、鬼窟古墳、双六古墳、掛木古墳

顎掛け石 國片主神社のすぐ西に史跡「顎掛け石と六面十二菩薩」がある。伝説では、渡良左エ門という大男が海岸で拾った柱状の石柱をここまで担いで運び、自分の顎が乗せられる高さに立てたという。現在、顎掛け石の上には、理由はわからないが六面十二菩薩の…

花巻市文化財センター、胡四王神社、花巻市博物館

岳妙泉寺の不動三尊像 早池峰神社の次に寄った花巻市文化財センターにも、嶽妙泉寺や早池峰神楽関係の展示があった。岳妙泉寺と新山堂の絵地図の下に並ぶ不動三尊像は、神仏分離令後、岳妙泉寺の庫裡の軒下で雨ざらしになっていたもので、相当傷んでいるが往…

えさし藤原の郷、正法寺

えさし藤原の郷 翌日は栗駒山に登る予定だったが、あいにく雨なので岩手県奥州市にある、えさし藤原の郷を見物した。奥州藤原氏の歴史を顕彰しながら、古代から中世にかけての東北の歴史文化を体感できる施設。NHK大河ドラマ「炎立つ」のセットを利用し、199…

姫沼、野塚展望台

姫沼 鴛泊港の南東約2km、利尻山の北側標高約130mに位置する、姫沼は人工湖である。 姫沼 姫沼の名は、大正4年に姫マスを放流したことに由来する。エゾマツ、トドマツが鬱蒼と繁り、コバルトブルーの沼の向こうには利尻山の勇姿が眺められるはずだが、ま…

仙法志御崎海岸、沓形

仙法志御崎海岸 雲行きが悪くなってきたが、もう少し観光してから宿に向かうことにする。ここは利尻島南端に近い仙法志御崎海岸、一帯は公園になっている。 仙法志御崎海岸 かつて山から流れ出した溶岩流が固まった荒々しい海岸と、その向こうに利尻富士の景…

利尻島、利尻町立博物館

利尻島、神居海岸パーク フェリーは利尻島北部の鴛泊港に着いたが、宿泊地の沓形に移動し、そこで車を借りて利尻島観光をスタート。初日は西から南を巡る。まずは神居海岸パークだが、残念ながら今年はオープンが遅れてまだ開設前だった。元船揚げ場を再利用…

稚内港北防波堤ドーム、北門神社

稚内港北防波堤ドーム 稚内港北防波堤ドームは、稚内港の防波堤の役割及び、稚内と樺太を結ぶ鉄道連絡船(稚泊連絡船)の桟橋から駅までの乗り換え通路を兼用するために、1931年から五年かけて建設された。その後、稚内桟橋駅が開設され、乗客はドーム内を歩…

稚内、樺太ノスタルジー

稚内、日本最北端の線路のモニュメント 翌日、礼文島から利尻島へ向かう船が天候不順で欠航となったため、稚内へ渡って次の日の朝、利尻へ向かうことにした。利尻島のホテルは一日順延してもらった。稚内も雨天だったが、少しは観光できた。ここは稚内駅をく…

根曽古墳群、雞知の住吉神社、梅林寺

雞知浦に根曽古墳群 対馬東海岸の雞知浦に張り出す岬に国指定の史跡、根曽古墳群がある。この左手前の先にある。 根曽古墳群 根曽古墳群は、5世紀から6世紀に営まれた古墳群で、三基の前方後円墳と二基の円墳とからなっている。弥生時代から古墳時代にかけ…

太祝詞神社、金田城跡

加志から見る白嶽 対馬下島の北部、美津島町と厳原町との境に屹立する白嶽(519m)は、古来より霊山として崇められた対馬のシンボル的存在で、大陸系植物と日本系植物が混生する国内最大の独自の生態系をもつ洲藻白嶽原生林として、国の天然記念物に指定さ…

木坂の藻小屋、ヤクマの塔

藻小屋 木坂御前浜園地の海側にがっしりした石組の構造物が建っている。浜石を積み上げ屋根を葺いたもので藻小屋という。船の格納にも利用されていたため「船屋」ともいう。 藻小屋 対馬は全島の89%は山林に覆われ、耕地は3%、宅地は1%で、古代から現代…

舟志乃久頭神社、琴の大銀杏

舟志乃久頭神社 比田勝から上対馬町を南下すると、深い入江の舟志湾の奥に舟志(じゅうし)の集落がある。舟志川沿いには約7kmにわたる紅葉の群生地があり、「舟志のもみじ街道」と呼ばれ対馬一の紅葉を誇っている。その入り口付近の県道沿いに、舟志乃久…

上対馬町の韓国展望所と比田勝

「蜂洞」 佐護の対馬野生生物保護センター近くの道端の斜面に、奇妙な木造物「蜂洞」を見つけた。対馬は日本ミツバチしかいない唯一の島である。その養蜂の歴史は古く、古事記の時代まで遡る。元禄年間に書かれた陶山訥庵の「津島紀畧乾」に「養蜂は継体天皇…

小茂田濱神社

小茂田濱神社 対馬下島の中心地厳原から西に向かう県道44号線が、西海岸を北上する県道24号線にぶつかる小茂田の海岸沿いに、小茂田濱神社が鎮座している。元寇(文永の役)の際に、元・高麗連合軍が上陸した地にあたる。 「元寇奮戦図」 神社近くに「元寇奮…

椎根の石屋根、銀山神社

椎根の石屋根 久根田舎から西海岸を北上して椎根の集落に入ると、ここにも対馬特有の石屋根が見られる。石屋根を葺いている板石は、頁岩と呼ばれる石材で、美津島町の浅茅湾の奥にある島山から船や牛で運ばれたものである。この石屋根の習俗が何時頃から始ま…