少し右を見ると、北の焼火山には雲がかかっていた。島前の3島の大部分は630〜530万年前の火山活動により誕生した。中央部が陥没して島前カルデラができ、中央火口丘が焼火山である。カルデラの内海は穏やかで昔から嵐を避ける船の寄港地として知られ、近年では良質な岩牡蠣の養殖地になっている。眼下には小さな鈴島が認められ、その右手の小山に隠れた集落が古海(うるみ)で、姫宮神社がある。姫宮神社の創立は不明だが、元禄16年(1703)の「島前村々神名記」によると、祭神は姫宮大明神・倭姫命となっている。この古海地区には素戔嗚尊にまつわる「蘇民将来」の信仰が今日も伝えられており、毎年1月12日には「蘇民将来末社小神」と書かれた小さな木杭を集落の入り口に立てて、災の侵入を防いでいる。境内脇には1000年以上前の宮の影横穴群が残されている。
高さが325mの赤禿山は、知夫里島の最高峰で、そこから島全体が南東に伸びる形になっている。今上がってきた道が右端に見え、その向こうにわずかに見える島は神島である。その左に浮かぶ島は浅島で、そこに面する岬は長尾鼻である。その向こうに突き出た半島に見えるのは島津島である。この赤禿山展望台周辺はハマダイコンいわゆる野大根の群生地である。
この淡いピンク色の花は、アブラナ科ダイコン属のハマダイコン(Raphanus sativus var. raphanistroides)という多年草。日本全土の海岸の草地に生える。茎は高さ30〜70cm、根はあまり太くならない。従来、栽培ダイコンの野生化したものといわれていたが、最近では、大陸から古い時代に渡来した野生ダイコンの後代と考えられるようになった。別名ノダイコンとも呼ばれ、隠岐の沿岸部でよく見られる。ハマダイコンの根茎は辛味大根より辛く、薬味として利用できる。毎年春には知夫村で「野ダイコン祭り」が開催され、赤禿山一面に咲いたハマダイコンが見られる。
こちらのピンク色のフウロソウ属の花は、ヒメフウロ(Geranium robertianum)と思われる。本州や四国の一部の石灰岩地に自生する越年草。葉は互生し、深く全裂し、小葉はさらに羽状に深裂する。淡紅色の花弁には2本の濃色の筋がある。雄蕊の葯は赤い。最近、ヤサカフウロ(G. purpureum)なる品種が帰化したとの話があるが、「松江の花図鑑」の東出雲、美保関のヒメフウロと比較して、2本の筋がやや不鮮明ながら同じと判断した。
約600人という人口に対し、およそ1,000頭の牛が飼われているという。島のふた山が公共牧場として数カ所の牧に分けられ、20軒ほどの農家がめいめい放牧して牛を育てている。母牛と一緒に広い牧場でのびのびと育つ子牛は、なんとも羨ましい限りだ。