半坪ビオトープの日記

三徳山三佛寺、宝物殿


倉吉の町の東南10km弱の三朝川沿いに、平安時代末期開湯と伝えられ世界有数のラジウム泉として名高い三朝温泉がある。そこで泊まった翌朝、三朝川の上流の三徳山(900m)の山麓にある三徳山三佛寺を訪ねた。深い渓谷から三徳山の姿は見えないが、木々に覆われた対岸の山の様子なら見ることができた。

美徳山とも書かれる三徳山は、国の名勝・史跡に指定されているが、国宝に指定されている三佛寺奥院の投入堂は、山岳仏教霊場として信仰されている。
まず麓から本堂に至る300mの石段の、参道入口の正面階段から登り始める。

石段を二つ上ると参拝受付案内所があり、本堂までの入山料を払い一段上がると参道の右手に、三佛寺に三つある宿坊の一つである「皆成院」がある。

皆成院は、観音菩薩薬師如来文殊菩薩を安置して「中国四十九薬師霊場第四十三番札所」となっている。

参道の左手には、同じく宿坊の「正善院」がある。正善院には、県指定名勝の庭園があるということだが、先を急いで省略してしまった。

正善院の向かい、参道の右手には、「輪光院」がある。門の左脇には観世音菩薩像が立っている。門を入ると新しいお地蔵様が並び、その裏手には池のある庭がある。

輪光院のさきの石段をさらに上ると広い境内になり、左手奥に「宝物殿」が見える。宝物殿には、国宝である投入堂棟札や古材、国の重文である木造蔵王権現立像7体、木造十一面観音立像、長徳3年(997)銘の銅鏡などが展示されている。

なかでも投入堂正本尊とされる蔵王権現立像は、伝承によると、慶雲3年(706)役行者により投入堂の本尊として安置されたという。しかし、胎内から発見された願文により、運慶、快慶の師、康慶によって仁安3年(1168)に作られたことが判明した。

宝物殿の手前右側の斜面には小さな石仏がたくさん並んでいて、三千本あるというシャクナゲの木もたくさん見かけられた。三佛寺と本堂のある一段高い境内に上る最後の石段の右手には手水鉢と水琴窟があり、その左には地蔵菩薩不動明王、さらに慈覚大師円仁の石像が見える。

最後の石段を上ると右手に三佛寺の本坊がある。

三佛寺本坊の前は広くなっていて、左手には釈迦入滅の聖木、沙羅双樹が植えられている。