6月上旬前後に咲くレブンアツモリソウを見るために、先月上旬、礼文島に出かけた。稚内から礼文島の香深港へ向かうフェリーから左手に利尻山が眺められた。利尻富士とも呼ばれる名峰・利尻山(1721m)は、日本最北の百名山であり、登山家の憧れの山の一つだが、登る体力がなくなった今、一眼でも眺めることができて感無量である。
香深の宿からも雪の残る利尻山の姿が美しく見えた。旅の後半に利尻島に行くことになっているが、予報では天候が悪くなるというので、秀麗な利尻富士の姿に出会えて幸運だった。このあと礼文島を一周する間に何回も見ることになるが、青空の下で利尻山の勇姿を眺めるのはこれが最後となった。
初日の夕食は北海の海鮮三昧で、礼文島でとれたてのエゾバフンウニは少量だが味が濃厚でこの上なく美味しかった。アワビもホタテもイクラもどれも美味しい。左手前のナマコは「茶ぶりナマコ」という。元々は能登の郷土料理だが、番茶にさっと通して生臭さをとり、土佐酢などで味付けすると、柔らかくナマコが食べられる。
翌朝、一気に礼文島北部に直行し、西北部のゴロタ岬に向かう。バス停江戸屋で左折し笹原の間を上って、標高70mのゴロタ岬登山口に着く。そこから笹原の細い道を上っていく。今来た道を振り返ると、丸みを帯びたなだらかに続く緩い斜面が連なっているが、これは約2万年前の最終氷期に作られた周氷河地形という。
緩急を繰り返す笹原の稜線を上り詰めると、右手にスコトン岬が見えてくる。手前の漁村鮑古丹に向かって、こちらにも緩やかな斜面が連なる周氷河地形が認められる。
道端にさく淡い青紫色の花は、チシマフウロ(Geranium erianthum)である。北海道〜東北地方の亜高山帯〜高山帯に分布する。高さは20〜50cm。花期は6〜8月だが、礼文島では5月下旬〜6月下旬。花は5弁花で、花弁の基部や萼片に長い白毛がある。
ゴロタ岬は断崖の上を展望台とするが、その断崖を構成しているのは玄武岩で、断崖に近づくと柱状節理が認められる。
展望台はまだ先だが、わずかな湿地を通り過ぎる時、エゾノリュウキンカ(Caltha palustris var. barthei)を見かけた。キンポウゲ科の多年草で、リュウキンカの変種で大型であり、本州北部、北海道、樺太、千島などに分布する。黄色い花が鮮やかだが、葉、茎、花は食用となり、アイヌ語で「ウフトウリ」と呼ばれ、アイヌの伝統料理「ラタシケプ」の材料にもされた。
ようやくゴロタ岬の展望台(180m)に着いた。崖は崩落の危険があり、柵がないと危ない。先端から南の方を眺めると、鉄府漁港と稲穂の崎、岡田ノ崎が見える。
崖の真下から南に伸びる浜は、ゴロタノ浜という。鉄府漁港のかなた向こうには、かすかに利尻山の姿が認められた。
北を眺めると、スコトン岬の先に浮かぶトド島も姿を現している。スコトン岬は、須古頓岬とも表記される。スコトンとは、アイヌ語でシコトン(大きな谷)・トマリ(入江)=「大きな谷にある入江」の意味である。ゴロタ岬から登山口まで今来た道を戻り、スコトン岬まで江戸屋山道と呼ばれる一方通行の高台で見晴らしの良い道を進むと、上村占魚句碑、銭屋五兵衛記念碑、トド島展望台がある。銭屋五兵衛とは、江戸時代の加賀の豪商で、礼文島を拠点にロシアと貿易をしたという。標高110mのトド島展望台からは、眼下にスコトン岬が見えるほか、晴天時にはサハリンまで眺めることができるという。
ゴロタ岬からスコトン岬まで7kmほど北に進む。スコトン岬より宗谷岬の方が僅かに北にあるので、スコトン岬は最近、「最北限のトイレ」「最北限の売店」「最北限のバス停」などと最北限を名乗っている。最果てのレストラン「島の人」で昼食と思っていたが、残念ながら観光客が少ないため休業中だった。裏手の岬の突端まで下りていくと、無人島のトド島が目の前に浮かんでいた。