半坪ビオトープの日記

鹿島神宮、拝殿・本殿


鹿島神宮の社殿は、拝殿、幣殿、石の間、本殿が繋がっている権現造で、徳川秀忠により元和5年(1619)に奉納されている。参道の正面ではなく右手に横を向く形で配置されている。北方の「蝦夷」に対する防衛拠点として位置づけられた神社のため「社殿は北向き」にしたといわれる。ただし、本殿内の神坐は東向きという。

社殿の前に「大豊御竹」の準備がされている。鹿島神宮の年間筆頭の祭頭祭が3月9日に行われる。この札の所に神の依り代である「大豊御竹」が立てられる。五穀豊穣を祈る囃(はやし)人、踊人などが境内や商店街を練り歩き、囃人が「イヤーホエ」と囃子歌に合わせて樫の棒を打ち鳴らす祭であり、秋の神幸祭と並ぶ神宮の二大祭である。

本殿は、三間社流造、石の間は桁行二間梁間一間、幣殿は桁行二間梁間一間、拝殿は桁行五間梁間三間、いずれも幕府の大棟梁鈴木長次の奉行になる。
本殿・石の間は漆塗りで、柱頭や組物などに華麗な極彩色が施されているが、幣殿・拝殿は入母屋造で白木のままである。

本殿は屋根の葺き替え工事中で、残念ながらよく見えない。本殿の裏の神域内に杉の御神木が聳えている。推定樹齢1200年、胸高周囲10m、高さ43mの巨木である。

社殿の左手には宝庫があるが、詳細は分からない。

拝殿の真向かいに宝物館がある。鹿島神宮の宝物の中で随一の、茨城県唯一の国宝である直刀・金銅黒漆塗平文拵附刀唐櫃が展示されている。鹿島の大神が神武天皇に降ろされた韴霊剣(布都御魂剣、ふつのみたまのつるぎ)は、別名平国剣(ことむけのつるぎ)という日本建国を果たした霊剣で、大和の石上神宮に祀られている。それに擬して鹿島の大神の佩刀として鍛えられたのが鹿島神宮に伝わる直刀である。奈良時代に鍛造されたと推定される、日本最古最大の直刀の全長は271cm、刃長は224cmある。常陸風土記には、慶雲元年国司等が鹿島神宮の神山の砂鉄で剣を作ったとある。
ほかにも国の重文である梅竹蒔絵鞍や、県の文化財である古瀬戸狛犬、木造狛犬などが展示されている。特に木造狛犬はかなり痛みが激しいが、それなりに存在感がある。

宝物館の右側に仮殿がある。桁行三間梁間二間入母屋造で、向拝一間檜皮葺、元和5年(1619)徳川秀忠により造営され、国の重文に指定されている。
仮殿の右手前に摂社の高房神社がある。祭神は、建葉槌神である。建葉槌命とは、日本書紀に登場する機織りの神である倭文神(しとりのかみ)で、経津主神武甕槌神では服従しなかった星神香香背男(ほしのかがせお)を征服した神とされる。伯耆国鳥取)一宮である倭文神社などの祭神として祀られている。