半坪ビオトープの日記

住吉神社

「夫婦楠」

住吉神社の二の鳥居
壱岐風土記の丘のすぐ南、壱岐島のほぼ中央に住吉神社がある。平戸藩主により寄進された、苔むした大きな二の鳥居の奥、参道の先に一段高くなったところに社殿が見える。

竹生島神社と稲荷神社
境内に入りすぐ左にある神池の脇には、竹生島神社と稲荷神社があり、市杵島姫命倉稲魂神が祀られている。神池からは大陸系鏡12面、和系鏡5面が発見されている。

住吉神社の社殿

社伝によれば、住吉大神の守護によって三韓征伐を成し遂げた神功皇后が、その帰途現在の郷ノ浦町大浦触に上陸して、住吉三神を祀ったのに始まり、日本初の住吉神社と称している。その後、神託により「波の音の聞こえぬ地」を選んで、現在地に遷座したという。

クスノキの巨樹「夫婦楠」
儀式殿の前に立つ大きなクスノキは、根元の部分から幹が二股に分かれ、「夫婦楠」の愛称で親しまれている。また、神池近くに立つクスノキの神木は、江戸時代末期の『壱岐名勝図誌』に「此楠に現人神鎮座せり 枝葉ことに繁茂れり」と記載され、当時からすでに巨木になっていたという(目通り5.2m)。

オガタマノキの巨樹
「夫婦楠」の隣に立つ大きなオガタマノキは、幹周1.52m、樹高約22mで、壱岐の銘木・巨樹とされる。

住吉神社の拝殿
住吉神社主祭神として、底筒男命中筒男命表筒男命を祀り、住吉大神と総称する。

拝殿内
相殿に八千戈神を祀る。延喜式神名帳では名神大社に列し、そのほか長崎県下筆頭神社を名乗っている。

玉垣に囲まれた本殿
拝殿の裏手は石垣が積み上げられて一段高くなっており、玉垣が設けられて近寄りがたい本殿を囲んでいる。住吉神社は、明治四年(1841)に国幣中社に列格し、壱岐で唯一の官社となった。大阪の住吉大社をはじめ、下関、博多の住吉神社と並び「日本四大住吉」と称される。

本殿

建国神話で高皇産霊神が山城と大和に移し祀られた折、山城国では壱岐県主が祭祀者となったという。日本の古代祭祀の原型が壱岐対馬で発生したのではないかともいわれる。大宝律令に神々の祭祀を司る神祇官が置かれ、出仕する卜部に壱岐から10人が出仕し重要な地位を占めていたことなどから、古来より壱岐は、神々に使えるものが多く、神々の島といわれてきた。壱岐対馬同様に式内社が多く、西海道神107座98社のうち24座24社があり、約四分の一を占めている(対馬は29座29社)。

絹本着色高野四社明神像
長崎県有形文化財として、室町時代中期以降の作品とされる、絹本着色高野四社明神像(絵画)が指定されている。

宝物殿などの建物
毎年1220日に住吉神社では「壱岐大神楽」が奉納される。この神楽は壱岐の神楽の中でも最も厳粛なもので、舞人・楽人合わせて12名以上で奏され、78時間を要する。境内の左手には宝物殿などの建物が並んでいる。

ヌマガエル
境内で小さなカエルを見つけた。背中のイボの大きさ、白い背中線、背中の模様によってヌマガエル(Fejervarya kawamurai)と思われる。本州中部以西、四国、九州以南に分布するが、1990年代頃より関東や対馬壱岐五島列島でも確認されるようになり、国内外来種とされる。よく似たツチガエルと一緒に庭の池で飼ったことがある。腹を見ればヌマガエルは白いので区別できる。

ニホンアマガエル
こちらの小さなカエルはニホンアマガエルDryophytes japonica)で、対馬壱岐隠岐佐渡島なども含め日本各地に生息している。平成28年(2016)、近畿地方辺りを境に東西で遺伝的相違があることがわかったという。