ようやく急斜面の八丁坂を登りつめて、宝剣岳と伊那前岳との鞍部である乗越浄土(2,858m)にたどり着いた。ここまでくると、木曽駒ヶ岳の手前に構える中岳が見える。
北を向くと、中岳(2,925m)の手前には赤い屋根の天狗荘があり、中岳の背後には主峰、木曽駒ヶ岳(2,956m)がある。天狗荘の左手には青い屋根の宝剣山荘がある。
東を向くと、伊那前岳(2,883m)に続く稜線が見える。
南には宝剣岳(2,931m)が構えている。ここからだと登るのが簡単そうに見えるが、急峻な岩場の山で、その名の通り鋭く尖った岩峰は険しく、しばしば滑落事故が発生する。
こちらの黄色い花は、バラ科ダイコンソウ属のミヤマダイコンソウ(Geum calthifolium var. nipponicum)。北海道、本州中部以北、奈良県の大峰山、四国の石鎚山に分布し、亜高山帯から高山帯の岩隙、砂礫地に生育する多年草。根生葉はほぼ円形で、不揃いの切れ込みがあり、茎を抱いている。黄色の高山植物の中では大きな葉が目立つ。
この花は先ほども乗越浄土の手前で見かけたチシマギキョウだが、アップすると花の縁には白い毛が生えていて、類縁種のイワギキョウと区別できる。
駒ケ岳から続く中央アルプスの主稜線には宝剣山荘が建っていて、乗越浄土から2、3分でたどり着く。主稜は宝剣岳の向こう側で南の空木岳(2,864m)に続くが、宝剣岳のすぐ裏手で西南に伸びる長大な尾根には、三ノ沢岳(2,847m)が孤高を保っているのが見える。
宝剣山荘のすぐ北には赤い屋根の天狗荘もあり、中岳へ向かう稜線もかなり緩やかで、爽快な山歩きが楽しめる。中岳に隠れて駒ヶ岳は見えないが、左手には木曽前岳(2,826m)へと続く稜線が見える。
360度の展望を楽しんでいると、足元にイワツメクサ(Stellaria nipponica)がたくさん咲いているのを見つけた。ナデシコ科ハコベ属の多年草で、本州中部の高山帯の礫地に生育する日本固有種。5個の花弁が基部まで裂け、10個の花弁に見える。雄しべは10個。同じく高山に咲く、タカネツメクサ、ミヤマツメクサ、ホソバツメクサなどはタカネツメクサ属であり、花弁は基部まで裂けず、雄しべは5個である。
険しい岩峰の宝剣岳の右手には岩塊が続き、右端に見える巨大な断崖絶壁は天狗岩と呼ばれる。
中岳ぐらいは登りたかったが、時間の都合もあって宝剣山荘で昼食をとった後、ゆっくり下山することにする。足元に薄黄色のチングルマとアオノツガザクラが咲いているのを見つけた。バラ科ダイコンソウ属のチングルマ(Geum pentapetalum)は、北海道と中部以北、樺太、アリューシャン列島などに分布する落葉小低木。葉は羽状複葉、白い五弁花には多数の黄色い雌しべと雄しべがある。花後、花柱が伸びて放射状に広がり、風になびく。ツガザクラ属のアオノツガザクラ(Phyllodoce aleutica)は、高山帯の雪田や岩礫地に生え、高さは10-30cmになる。葉は広線形で、縁には細かい鋸歯がある。和名は葉がツガに似て、花がやや緑色を帯びることに由来する。
こちらの小さな花は、ツツジ科スノキ属のコケモモ(Vaccinium vitis-idaea)。ユーラシア北部や北アメリカの周北林に生育する常緑小低木。光沢がある楕円形の葉は互生する。初夏に6mmほどの釣鐘型の白い花をつけ、秋に7mmほどの赤い果実を熟す。果実は食用とされる。