依然として畳平は霧に包まれて、周りの山は何も見えない。足元の高山植物だけがかろうじて見えるだけだ。この花もお花畑でよく見かけるもので、シオガマギク属のヨツバシオガマ(Pedicularis japonica)である。本州中部以北と北海道の高山帯の湿り気のある場所に生える。和名の通り、シダのような葉が茎の節ごとに4つずつ輪生する。花期は6-8月で、薄赤紫色の太くて短い花弁が数段に重なり輪生する。花冠は唇形。上唇の先は嘴状に尖り、下唇は深く3裂する。
こちらの小さな白い花は、セリ科カワラボウフウ属のハクサンボウフウ(Peucedanum multivittatum)という。本州中部以北と北海道の高山帯の草地に普通に生える。葉は1-2回3出羽状複葉または単羽状になる。葉柄の基部が鞘状に膨らみ茎を抱く。花期は7-9月。茎頂に複散形花序をつけ、10数個の小花序をつける。小さな白色の5弁花から先が黒紫色の雄蕊が突き出ている。
お花畑でよく見かける黄色の花といえば、このミヤマキンポウゲ(Ranunculus acris var. nipponicus)が代表の一つといえよう。キンポウゲ科キンポウゲ属の多年草で、本州中部以北と北海道の高山帯の湿り気のある場所に生え、雪渓周辺に群落をつくることが多い。葉は大きく3つに裂け、裂片はさらに細かく裂ける。花は直径2cmほどの黄色い5弁花で、丸みを帯びる。花期は7-8月で、雪解け後に開花する。
この白い花もお花畑の代表ともいえる、キンポウゲ科イチリンソウ属のハクサンイチゲ(Anemone narcissiflora)である。本州中部以北から東北地方の高山帯の湿った草原に生え、ミヤマキンポウゲとともに雪渓周辺に群落をつくることが多い。白色の花弁に見えるのは萼片で5-7枚ある。エゾノハクサンイチゲ、シコクイチゲなど各地に近縁種がある。
畳平のお花畑も半分弱で通行止めとなっていて、引き返すしかなかった。石段脇に咲いていた白い5弁の花は、ウメバチソウ属のコウメバチソウ(Parnassia palustris var. tenuis)である。ウメバチソウの高山型で、本州中部以北と北海道の高山帯に生育する。右手の白い小さな花は、ナデシコ科ハコベ属のイワツメクサ(Stellaria nipponica)である。本州中部の高山の礫地に生育する。花期は7-9月とかなり長い。5弁花であるが、真ん中に深い切れ込みがあって花弁が10枚あるように見える。
こちらも石段脇に咲いていたキキョウ科ホタルブクロ属のイワギキョウ(Campanula lasiocarpa)である。本州中部以北と北海道の高山帯の砂礫地や岸壁に生育する。葉の縁には突起状の浅い鋸葉がある。萼片は線形で、花冠は無毛。近縁種にチシマギキョウがあるが、そちらは萼片が三角形状で、花冠には長い毛があるので区別できる。
帰りがけに霧が晴れたところで乗鞍岳頂上直下の雪渓を見上げると、夏スキーを楽しむ人が小さく見えた。
麓の乗鞍高原から仰ぎ見る乗鞍岳の剣ヶ峰は、その名の通り切っ先鋭く天を突いていた。右手の畳平だけが霧の中だったのが惜しまれる。
この日の宿は、奥飛騨温泉郷、新穂高ロープウェイにほど近い新穂高温泉の槍見館とした。清流・蒲田川沿いに佇む古民家造りの一軒宿で、混浴露天風呂が二つに、貸切露天風呂が四つもある。絶景大浴場からは、その名の通り、温泉に浸りながら槍ヶ岳を仰ぎ見ることができる。右上には新穂高ロープウェイが見える。終着駅の西穂高口駅は標高2,156mもあり、展望台からは正面の岐阜県単独最高峰の笠ヶ岳(2,898)をはじめ、360度見渡す限り広がる北アルプスの山々を望むことができる。
若い頃に一度だけ登ったことがある、尖った槍ヶ岳(3,180m)を眺めながら感傷に浸っていると、ヘリコプターが一機飛んできた。槍ヶ岳と穂高岳の周りを空中散歩しているようだ。