半坪ビオトープの日記

伊吹山


いよいよ一週間を超える旅も最終日を迎えた。長浜から東京まで約430kmを一気に帰るのだが、途中、琵琶湖の東にそびえる伊吹山に立ち寄った。琵琶湖東岸を南下すると左手に絶えず伊吹山地が見えるが、その主峰が伊吹山であり高さは1,377mある。古くから神が宿る霊峰とされ、その神は古事記では「牛のような大きな白猪」、日本書紀では「大蛇」とされていた。山の名は古事記では「伊服阜能山」、日本書紀では「五十葺山」あるいは「膽吹山」などと記され、読み方は、国土地理院山麓に近い地方では「いぶきやま」、美濃尾張や遠い地方では「いぶきさん」と呼ばれる。

伊吹山の神は古くから伊吹大明神とも呼ばれ、古事記にはヤマトタケルが伊吹大明神と戦って敗れる物語がある。伊吹山の神に苦しめられて敗れたヤマトタケルは病に冒されて山を下り、居醒の泉で少し回復したものの、のちに悪化して亡くなったとする伝説が伝えられている。山頂部には日本武尊の石像と、伊吹山の神の白猪の像が設置されている。山麓長浜市山階町の伊吹山神社は、伊吹神を祭神としている。
伊吹山の9合目まで観光有料道路(伊吹山ドライブウェイ)で上ることができ、山頂近くになると琵琶湖が見下ろせる。目を凝らせば、竹生島もかすかに認められる。

標高1,260mの山頂スカイテラス駐車場から、3本の登山道コースがあるが、最も一般的な西コースを少しだけ登ってみた。駐車場脇にコオニユリ(Lilium leichtlinii f. pseudotigrinum)が咲いていた。北海道から九州までの山地に自生する多年草で高さは約1mになる。

足元には黄色いキンミズヒキ(Agrimonia pilosa var. japonica)の花が咲いていた。北海道から九州の草地に生える多年草で、高さは30-80cmになる。

駐車場の一角には芭蕉の句碑がある。「そのままよ 月もたのまし 伊吹山
芭蕉は元禄2年(1689)秋、『奥の細道』むすびの地、大垣に到着した。東京深川を旅立ち、仙台松島・岩手平泉・出羽三山・秋田象潟・金沢・敦賀を巡り大垣に至る5ヶ月間、476里余に及ぶ長旅の疲れを癒した二週間あまりの大垣滞在中にこの句を詠んだ。

登山道前方右手に琵琶湖がわずかに見渡せる。山腹にはサラシナショウマの白い花穂が無数に立ち上がり、サラシナショウマ群落を形成している。
伊吹山は約3億年前に噴火した海底火山であったとされ、ウミユリやフズリナの化石が発見されるように、約2億5千年前の古生代サンゴ礁の石灰質層が堆積し、広く石灰岩が分布している。地層形成年代が古く、高山的な気象条件もあるため、日本で分布の西南限となる種が多く、伊吹山固有種も多い。伊吹山は古くから「伊吹百草」の名があるように薬草・高山植物の宝庫として知られ、草花の種類は約1,200種といわれ、薬草は135種を数える。琵琶湖国定公園に指定されているほか、山頂お花畑は国の天然記念物に指定されている。

お花畑には5月上旬から10月下旬までいろいろな花が群落ごとに咲いていくが、こちらの赤い花はシモツケソウ(Filipendula multijuga)である。関東地方から九州の山地に咲く多年草で、花期は6〜8月。すでに盛りを過ぎていて、咲き残りがわずかに散見できた程度。

こちらの瑠璃色の総状花序が美しい花は、ルリトラノオ(Pseudolysimachion subsessile)である。イブキアザミやイブキレイジンソウなどのように「イブキ」の名はつかないが伊吹山の固有種であり、総個体数が約3,000とされ、環境省レッドリストの絶滅危惧II類(VU)に指定されている。なお、伊吹山の固有種の数は、8種あるいは9種とするものが多い。

ここにも群生しているサラシナショウマ(Cimicifuga simplex)は、北海道から九州までの山地に自生する多年草で、高さは約1mになる。

こちらのセリ科の白い花は、ミヤマトウキ(Angelica acutiloba)である。北海道南部から本州中部地方以北及び伊吹山の亜高山帯から高山帯に自生する日本固有種。花期は7〜8月。

こちらの紫色の総状花序の花は、日本の本州に広く分布するクガイソウ(Veronicastrum japonicum)と見えるが、伊吹山には一回り小さい固有種のイブキクガイソウ(V. j. var. humile)が自生するので、後者であろう。

こちらの淡紫色の花は、クサボタン(Clematis stans)である。釣鐘状の花弁に見えるのは萼片で、花弁はない。本州の山野に分布する高さ1mになる半低木であり、全草が有毒である。

映りが悪いが、これが草原のあちこちに咲いていたイブキトリカブト(Aconitum japonicum var. ibukiensu)である。トリカブトの仲間は地域変異が多く、亜種・変種が多数あって分類・同定に苦労するが、ここが伊吹山なので間違いないであろう。近畿地方中部地方の太平洋側・関東地方西部に分布し、高さは1〜1.5mになる。イブキトラノオやイブキジャコウソウのように最初に伊吹山で発見されたことから和名に「イブキ」を冠する植物は多く、ここ伊吹山には20種以上のイブキを冠する種の植物が自生している。

太めの穂状花序に黄白色の花を咲かせているのは、フジテンニンソウ(Leucosceptrum japonicum form. barvinerve)である。テンニンソウの一品種で、葉裏の中脈上に開出毛があるという違いがある。本州に広く分布するが、富士山周辺や伊吹山に群落が見られる。