半坪ビオトープの日記


週末に、毎年恒例の夏合宿で館山郊外の外房、相浜の民宿に泊った。安房国一宮の安房神社の近くの漁村で、安房・房総の開拓者、阿波忌部氏が上陸した布良の隣である。右端が相浜でその奥に布良がある。

安房国二宮の洲宮神社近くから安房神社の森を眺めると、辺り一帯に稲田が広がり、古来より農業が栄えていたと思わせる。
この辺りは安房神戸という。神戸(かんべ)とは、中央政府によって各神社に寄せられた封戸のことで、それが神社に直属させられた。
神戸の数が郡内広く存在するところを神郡といい、その郡の租庸調の大部分がその神社の収入となったので、あたかも郡全体が神領といえる。
延喜式では主な神郡として、伊勢神宮、香取・鹿島神宮出雲大社と並び安房神社が挙げられている。つまり安房郡全体が安房神社神領とされていたことになる。

房総の地は特に温暖で、暖地性の植物が多くみられる。この赤い花は沖縄でもよく見かける、南米原産のアメリカデイコ(Erythrina crista-galli) である。
エリスリナという属名は、ギリシア語 erythros(赤)に由来し、本属の花色にちなむ。

相浜の漁港から夕陽の海を眺めると、州の崎のはるか彼方に伊豆半島が見え、珍しく富士山の姿もかろうじて認められた。