半坪ビオトープの日記

榛名神社、国祖社


国祖社は、もと榛名山西部の御祖霊嶽にあったものを、本社のそばに摂社として祀るようになったと伝えられている。神仏分離以前は勝軍地蔵と阿弥陀仏を安置し、本地堂とも呼ばれた。

国祖社の前から拝殿を振り返って見ると、彫刻が随所にちりばめられているのがよくわかる。とりわけ、向拝海老虹梁に絡み付く龍の彫刻が迫力満点である。

国祖社は、享保年間(1716~35)に建立された。入母屋造妻入銅板葺き、正面3間、側面5間で、正面向拝1間の軒唐破風付である。

祭神は、豊城入彦命崇神天皇の皇子、上毛野国君・下毛野国君の始祖)、彦狭島命豊城入彦命の孫)、御諸別命を祀る。

国祖社の左に続く額殿は、文化11年(1814)に増築されている。入母屋造銅板葺き、正面6.5m、側面2.9m。額殿は本来は神楽の拝見所であるが、大小の「太々御神楽」の扁額を掲げてあることから、額殿とも呼ばれている。

額殿の手前に鉄燈籠がある。銘文によると、元享3年(1323)に沙弥願智が大工芳十光長に作らせ奉納したとある。材質が鉄で、基礎の獅子が浮彫りにされている格狭間の形状などに鎌倉時代の特徴が表れている。鉄燈籠としては県内最古である。

本殿の右手前に大きな杉の木が聳え、その脇に杵築社が建っている。

杵築社は境内末社23社の一社で、主祭神として大国主命を祀り、縁結びの神とされる。
これで6月中旬に出かけた、八間山のハイキングと史跡巡りを終えた。久しぶりにハイキングを味わい、榛名神社の壮大さを見聞できてよかった。