半坪ビオトープの日記


仙台駅から真北に進むと仙台東照宮がある。天正19年(1591)におこった葛西・大崎一揆鎮圧のため督戦にあたった徳川家康が、伊達政宗の案内で帰途に宿陣した地でもある。
参道石段を上り切ったところに建つ随神門は、ケヤキの素木造、3間1戸の8脚門で、左右に随身像を置く。仏教建築の影響を受けた楼門形式で、屋根は入母屋造銅板葺き、軒は二軒繁垂木・尾垂木のある三手先斗拱組や2階の勾欄付縁が複雑である。

2代藩主忠宗は、寛永14年(1637)の大水害復旧のため江戸幕府から銀5000貫を借用したことの返恩として、3代将軍家光に東照宮建立を願い出て許された。慶安2年(1649)に着工して承応3年(1654)に完成した。拝殿は、ケヤキ造りで1間の向拝をつけ、背後には幣殿を設けている。昭和10年に失火後修理が加えられたが、昭和39年に復元されている。

もちろん東照大権現徳川家康)を祀っているが、伊達家の守護神としても祀られ、仙台藩の手厚い保護を受けていた。

参道の一番下にある大きな石鳥居は、忠宗夫人振姫(将軍秀忠の養女)の郷里備前国犬島産の花崗岩で造った、明神鳥居の典型である。緩やかな石段の両側には、伊達家重臣達により寄進された石灯籠が立ち並ぶ。

4月17日が家康の命日で、東照宮ではその日に合わせて春祭りが行われ、この舞殿(神楽殿)で神楽奉納がある。

本殿は、日光東照宮のような拝殿と本殿を石の間で連結する権現造ではなく、本殿と拝殿が別棟になっている。正面には桟唐戸の格間の綿板に金箔の丸形彫刻を施した1間1戸の華麗な唐門を構え、その両側から黒漆喰の連子窓で丈夫を透かした透塀が本殿を囲んでいる。本殿はケヤキ造りで、3間2間。三方に縁を回し、正面に1間の向拝をつける。屋根は入母屋造銅板葺きで、棟に千木・堅魚木を載せ、軒には支輪をつけた二手先斗拱を組む。内陣中央に徳川家康像を納めた家形厨子を置く。
これで先日のGWに行った山寺・松島・仙台の旅は終わった。