半坪ビオトープの日記

隅田の花火

アジサイが敬遠された理由についてはいろいろと詮索されてきた。色が変わることが心変わりに結び付けられ道徳的でないとされたともいわれる。
また山本武臣氏の「アジサイの話」によれば、平安初期の辞書新撰字鏡には「草冠に便」の字が「止毛久佐又安知左井」とあり、アジサイと読める。また、伊豆諸島では昔ガクアジサイの葉が便所の落とし紙の代用とされていたという。
つまり庶民にしてみればトイレットペーパー代わりだったとすると、無意識のうちに敬遠された可能性は高い。
けれども数少ない和歌の用例からすると、負のイメージは浮かび上がらない。とはいえアジサイの花は枯れた後、秋遅くまで無様な立ち枯れ姿をさらしていて見苦しいことも事実である。また、ほかの花との組み合わせが想定できないほど独特で異質な感じもする。
ともかく、散らずに立ち枯れる無残な姿が古代の人々の美意識に合わなかったのではないか、と考えておくことにする。
ガク咲きアジサイの萼片は普通四角い4弁だが、3弁花や二重咲き、八重咲き、十字咲きなど変化も多く、弁の形も丸弁、剣弁、匙弁、細弁などいろいろあり、ヤマアジサイの系統も多い。
このガク咲きは細弁の中でも特に細い八重咲き。「八丈千鳥」に似るが名は不明。右上の花は数年前にブームになった細弁八重咲きの「隅田の花火」。