半坪ビオトープの日記


二荒山神社の大鳥居の左手に、輪王寺大猷院がある。輪王寺とは日光山中にある寺院群の総称で、堂塔は広範囲に散在している。そのうち一番西の奥にある輪王寺大猷院は、承応2年(1653)に設けられた徳川家光の霊廟である。東照宮と異なり仏教式の建築群である大猷院霊廟は近代以降、輪王寺の所有となっている。
輪王寺大猷院の入口にあたる仁王門の手前、鳥居の真向かいにあるのは輪王寺常行堂と法華堂である。手前の常行堂は、元和5年(1619)に建てられ、桁行5間、梁間6間、宝形造り、向拝1間銅瓦葺で、古来の密教建築を踏襲した形式を持っている。中央には4本の柱を建て、その内部に須弥壇を配している。

法華堂は慶安2年(1649)に建てられ、桁行3間、梁間4間、宝形造り、向拝1間銅瓦葺で、中央の須弥壇には本尊である普賢菩薩をはじめ鬼子母神十羅刹女などが安置されている。常行堂と法華堂の間の道を左に進むと、中興の祖・天海を祀る慈眼堂などがある。
法華堂の前に新しい大猷院の寺号票があり、仁王門が見える。

徳川家光が眠る廟所・奥の院まで、石段を上る毎に現れる6つの門をたどるが、最初にくぐるのが仁王門である。仁王門は承応2年(1653)に建てられた建物で、3間1戸の八脚門、切妻銅瓦葺きである。建物全体は朱色を基調として、上部の構造体は黒色、金物を金、彫刻を極彩色で彩っている。両脇には、密迹金剛像と那羅延金剛像の2体の仁王像が安置されている。

仁王門をくぐると右側に豪華な御水舎がある。四隅に各3本ずつ計12本の御影石の柱で支えられた、東照宮と同じ構造になっている。家光の遺言によって東照宮より控えめにというが、切妻造銅瓦葺軒唐破風の建物はかなり豪華である。天井には、狩野永真安信作の竜の墨絵が描かれ、下の水盤にその姿が映るよう工夫されている。

工事中で全体がシートに覆われてほとんど見えないのが残念だが、二天門は陽明門より大きいのではと思わせる。桁行5.3間、梁間3.1間、3間1戸の八脚門、入母屋造銅瓦葺で、正面に唐破風が付く建物は、朱色が基調で金物は金、1層目の組物が黒、2層目の組物が極彩色に彩られているという。右手には、広目天が安置されている。

左手には、持国天が安置されている。

裏面(背面)の右側には、雷神が安置されている。そのため二天門を雷門と呼ぶこともある。

裏面の左側には、風神が安置されている。