半坪ビオトープの日記


大正9年に創建された御社殿は、昭和20年の空襲により本殿も拝殿も焼失してしまったが、昭和33年に再建された。
初詣などで一般客が参拝するのはこの外拝殿であり、奥に内拝殿があるが撮影禁止であった。
新嘗祭などに招待されれば内拝殿に入ることができるそうで、中庭だけでも1000人位入れる広さがあるという。

境内には七五三のお祝いで参拝に来ている家族連れも多く見かけられた。

西参道の方に抜けてみると鳥居から先はうっそうと茂る森となっていて、境内の方はまぶしく見える。

南参道の手水舎にはたくさん人がいたが、こちらの手水舎には一人もいなくて閑散としていた。

西参道から分かれて宝物殿に向かう道に入ると、うっそうと茂る木々が迫ってきて、さながら原生林の中のようだ。
創建時に全国から集められた、照葉樹を中心とし献木は、365種12万本といわれる。

それが90年も経るうちに原生林のように深い森を形成することになり、おそらく日本一の人工林だろうが、すでに人工的な自然林となったといえよう。椎や樫の仲間が多く、杉や檜は少ない。
創建当時の大隈重信首相が「当然杉林に」というのに断固反対し、「照葉樹でなければ育たない」と説得した当時の林苑関係者の先見の明により、世界的に他に例を見ないというほどの、都心にある自然林ができた訳である。