鯵ヶ沢から北へ十三湖までの海岸は七里長浜といい、内側の砂丘と丘陵地帯を屏風山という。開発以前は不毛地帯だったが、江戸時代に津軽藩主が積極的に防砂・防風林を植林した。その後、天明・天保の大飢饉でほとんど伐採されたが、再度、植林が続けられた。…
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