江戸幕府は元和四年(1618年)それまでの尾根道を通る湯坂道を廃止、須雲川及び畑宿経由の旧街道を作った。 旧東海道きっての難所、箱根八里(小田原宿〜三島宿)のうち、湯本〜箱根峠までを東坂と呼び、一般によく歩かれているのは畑宿〜箱根町である。…
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