壱岐島の南部に、島内最高峰の岳ノ辻がある。山頂付近に設けられた展望台からは、玄界灘に囲まれた島全体がぐるりと見渡せる。西の展望台からは、右手に郷ノ浦港が見下ろせる。港の北側の元居浦(白いアーチ型の橋のすぐ向こう)には、安政6年(1859)元居の漁民が春の初めの突風で遭難した事故を供養する慰霊塔が建立されている。「春一番」という言葉は、この事故以来、地元で春の初めの強い南風を呼ぶようになったのが始まりである。正面の郷ノ浦港の沖に浮かぶ三つの有人島は、渡良三島(原島・長島・大島)という。
岳ノ辻には、古代より烽(とぶひ、狼煙台)や遠見番所などが設置され、国を守る要所として重要な役割を果たした場所でもある。
東・中央・西の展望台が遊歩道で結ばれており、島内最高峰とはいっても、たかだか標高212.8mにすぎず、平地が多い壱岐島は全体的に平らかな島であることがわかる。
東の展望台から北西を眺めれば、郷ノ浦町の半城湾を認めることができる。
東の展望台から北東を眺めれば、原の辻遺跡がある深江田原の平野をかすかに望むことができる。地学的には、壱岐島の大部分は火山活動によるなめらかな玄武岩質の溶岩の噴出によって平らな島が形作られたが、その上に火山灰や火山礫等が積み重なり、現在の岳ノ辻が出来上がった。今から約1万年前のことという。
見上神社の祭神は、彦火々出見命。彦火々出見命とは、記紀によれば、天孫邇邇芸命と木花之佐久夜毘売命の御子で、鸕鷀草葺不合命の父。邇邇芸命に一夜の交わりで妊娠したのを疑われた木花之佐久夜毘売命は、疑いを晴らすために産屋に火を放って、その中で火照命・火須勢理命・火遠理命の三柱の御子を産む。火照命は海幸彦、火遠理命は海幸彦とも呼ばれ、海幸彦・山幸彦の物語の主人公にもなる。火遠理命は『日本書紀』では彦火々出見命と書かれ、初代天皇・神武天皇のこととされる。彦火々出見命を祀る神社は、対馬の和多都美神社をはじめ、九州および各地に散在する。見上は見神であり、見張りの神でもある。古来より峰火と海上の守り神として祀られてきた。
この大穴は高さが30m、直径が110mもあり、洞窟で海と結ばれている。伝説によれば、この大穴は大鬼のデイが鯨を掬い取るために踏ん張ってできた足跡で、この時のもう片方の足跡は勝本町辰島の蛇ヶ谷にある「鬼の足跡」であるという。二つの穴は約10kmも離れているから巨大な鬼である。