半坪ビオトープの日記

田中一村ギャラリー、歴史民俗資料館

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ホテル・ティダムーンの島料理

奄美大島最後の宿泊は、奄美空港がある北部の土浜海岸に近いリゾートホテル・ティダムーンにする。夕食は島料理コースを選んだ。前菜は奄美の郷土料理の小鉢。向付はキハダマグロソデイカ、エラブチの刺身。

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奄美塩豚骨と地鶏スープの茶碗蒸し

奄美塩豚骨と地鶏スープの茶碗蒸し。塩豚骨は、豚の骨付きあばら肉(スペアリブ)と昆布、大根などをかつおダシで似たもの。沖縄の郷土料理で有名だが、ここ奄美大島でも人気がある。

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郷土料理・鶏飯

大島定番の郷土料理・鶏飯の具材も、ほぐした鶏肉、錦糸卵、椎茸、刻み海苔、細ねぎなど基本に忠実に用意されている。

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デザート。フルーツに「ふっくらかん」

デザート。グレープフルーツ、マンゴーなどのフルーツに「ふっくらかん」と呼ばれる黒糖風味の蒸しパン風菓子が添えられている。

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ホテルから土浜海岸

高台に建つホテルから見下ろす、太平洋を一望できる美しい景色は圧巻である。ホテルの北側には美しい土浜海岸が広がっている。

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ホテル南側のサンゴ礁

ホテルの南側を見ると大きなサンゴ礁が広がっているのが確認できる。海水浴ではなくダイビングのできるポイントとして人気があるようだ。

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田中一村の絵

ホテルの二階には大島紬美術館を常設しているが、田中一村の版権を持っているらしく、一村の図柄のものがたくさんある。もちろん、田中一村の幽玄な絵画もいくつもあって展示されている。左の絵は「桜躑躅に赤髭(旧仮題、サクラツツジオオタニワタリ)」。サクラツツジ冬の花オオタニワタリは着生植物である。右の絵は「奄美の郷に褄紅蝶(旧題、ビロウとブーゲンビレア)」。どちらも昭和40年代の作である。

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田中一村の絵

左の絵は「蘇鉄残照図」。真ん中の絵は「枇榔樹の森」。右の絵は「アダンの海辺」。どちらも昭和40年代の作である。とりわけ、右の「アダンの海辺」のさざなみと砂礫の繊細な描写が印象的である。この絵には落款がないが、「全精力を費やして書き上げたときにサインする気力が残っていなかった」との書付が平成21年に見つかったという。この絵のみ個人蔵の複製で、残りは田中一村記念美術館蔵の複製である。

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田中一村の絵

左の絵は「枇榔と浜木綿(ビロウとハマユウ)」。右の絵は「榕樹に虎みゝづく(ガジュマルにトラフヅク)」。どちらも昭和40年代の作である。左の絵の中央の青は、照明の反射光である。

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奄美市歴史民俗資料館、厨子

最後の見学先は、あやまる岬近くにある奄美市歴史民俗資料館である。主に戦前に使われていた民具や生活用具などを集めた民俗資料展示室で目を引くのは、琉球王朝時代の骨壷、厨子甕である。かつて土葬や風葬をして数年が経ったのち、遺骨を洗って厨子甕に納骨し直しました。沖縄首里城の宮殿を模した厨子甕は御殿(うどん)型で、沖縄の壺屋で焼かれたものが運ばれてきたと考えられている。下部正面には蓮華と法師像が浮き彫りされている。小さな穴は魂の出入り口という。右の丸筒の甕型は、坊主に似るため、ボージャー厨子と呼ばれる。

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トーグ

この部屋は9尺2間のトーグラ(台所、居間)である。オモテ(母屋、座敷)の西に設けられるが、縁のないこのサイズ(6畳一間)が一般的な庶民の家であった。

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丸木舟、スブネ

一本の木を刳り貫いて製作された奄美の丸木舟は、スブネと呼ばれる。主にタブの木で作られ、21世紀直前まで使われていたといわれる。