半坪ビオトープの日記

セビリア大聖堂聖具室

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聖体顕示台

聖具室、銀製の聖体顕示台、その左手で球を持ち上げているのは、ペドロ・ロルダン作のフェルナンド3世像。ペドロ・ロルダン(Pedro Roldan)は、セビリア生まれの彫刻家である。

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「十字架降下」

中央祭壇には、ペドロ・デ・カンパーニャ作の「十字架降下」が掲げられている。

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スルバラン作「サンタ・テレサ

中央祭壇の右手には、スルバラン作の「サンタ・テレサ」が掲げられている。フランシスコ・デ・スルバラン(Francisco de Zurbaran)は、スペイン南西部出身で主にセビリアで活躍したバロック期の画家。17世紀前半に教会と修道院のために宗教画で活躍し、激しい明暗対比と写実描写の作品で人気を博したが、ムリーリョの出現で時代遅れとみなされるようになった。

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ムリーリョ作「無原罪の御宿り」

参事会室は、楕円形の形をしたルネサンス様式の部屋で、クーポラ部分の中央にムリーリョ作の「無原罪の御宿り」が飾られている。エステバン・ムリーリョ(Bartolome Esteban Perez Murillo)は、セビリアの民間医師の14番目の末っ子として生まれ、幼い頃に両親を亡くし、姉夫婦に育てられた。5人の子供をペスト等で亡くし、6人目の娘も耳が聞こえなかったため、その娘を思い最高傑作の「無原罪の御宿り」を何枚か残している。

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聖具室の財宝

聖具室には色々な財宝が展示されている。一番右の金細工品は、フランス国王ルイス・フェリペより19世紀半ばに寄贈されたものである。左の2点は18世紀に寄贈されたものである。

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「イエスの礫刑」像と「マリア」像

こちらの祭壇でも、上に掲げられている「イエスの礫刑」像よりも、「マリア」像の方が中心にあって、より重要視されている様子が読み取れる。

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様々な聖体顕示台

こちらは様々な形をした聖体顕示台。聖具室入口にあった巨大な銀製の聖体顕示台は別格で、普通はこの程度の大きさである。聖体行列や公開での聖体の礼拝を行うときに、聖体を納めて顕示するために作られた祭具である。放射状の太陽光線を模した形は、キリストの変容のときに輝いた顔、さらに正義の太陽であるキリストを象るものとされている。

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ムリーリョ作「サン・アントニオ・デ・パドヴァの幻想」

北西の一角にある小さなサン・アントニオ礼拝堂には、スペインを代表するセビリア出身の画家・ムリーリョ作の「サン・アントニオ・デ・パドヴァの幻想(1656)」がある。

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皇帝チャールズ5世が着用したコート

これは1520年10月23日にアーヘンで行われた戴冠式で、皇帝チャールズ5世が着用したコート。

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聖歌隊席の背後の障壁

ここは聖歌隊席の背後の障壁で、向こう側の聖歌隊席の最奥上部に、黄金色の木製祭壇衝立の頂点にある「イエスの礫刑」像と明るい天井が眺められる。

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ヒラルダの塔

大聖堂内を見学した後、北側にあるオレンジの中庭に出ると、ヒラルダの塔が高く聳えている。イスラム時代のミナレットを土台に、キリスト教の鐘楼を継ぎ足して造られたので、土台部分は二連アーチ窓やアラベスク模様が施され、塔の上部はルネサンス様式となっている。上ることができる塔の内部は、階段ではなく螺旋状になっているが、これは当時、馬に乗ったままで駆け上がれるようにしたためといわれる。

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翼廊のファサード「受胎の門」

ヒラルダの塔の左手には、翼廊のファサード「受胎の門」が見える。ゴシック様式の重厚な装飾がきめ細かに施されている。最後はモスク時代の名残である馬蹄形アーチの「免罪の門」から退出する。