半坪ビオトープの日記

大間のマグロ


下北半島の西海岸を北上して仏ヶ浦を過ぎ、本州最北端の大間崎に着く。大間町の大間港は、北前船の寄港地であり、南部藩でありながら、文化的・血縁的にも、北回り航路の影響が濃い。
近年、大間のマグロ一本釣り漁が有名となっているが、明治時代のマグロ漁は大謀網あるいは一本釣りであった。昭和30年代に吉村昭の小説「魚群の群れ」で脚光を浴びたが、50年代以降、水揚げがほとんどなくなった。それが平成5年秋からまたマグロが回帰し、6年には超大物が捕れた。以来、毎年のように100〜300kgのマグロが水揚げされるようになり、平成12年にはテレビ小説「私の青空」の舞台となって茶の間にも大間のマグロが知れ渡った。また、築地の初セリでも高値がついて話題となっている。大間崎には平成6年に水揚げされた440kgのマグロがモニュメントにされている。飲食店「まぐろ長宝丸」のオーナーが釣ったマグロの実物大である。

モニュメントの右側は、「やったぞ!どうだ!」と叫んでいるようだ。白黒のストライプの灯台が見える後ろの島は弁天島である。

北緯41度33分、東経140度58分。ここに本州最北端の碑が建っている。西にある北海道最南端の松前町よりも北に位置する。

弁天島は周囲2kmの小さな島で、大正時代に建てられた美しい大間崎灯台は、日本の灯台50選にも選ばれている。弁天島の彼方、右後ろの方には、津軽海峡を挟んでかすかに渡島半島が見える。函館市汐首岬までの距離はわずか17.5kmである。

大間のマグロを食べさせる店は大間崎に集まっている。「海峡荘」、「お食事処かもめ」、「魚食いの大間んぞく」など絶品の生マグロで有名な店には、昼前からたくさんの客が並んでいて1時間以上待つような盛況であった。仕方なくプレハブ作りの小さな店ではあるが、「海峡荘」の姉妹店という「あけみちゃん号」に入った。

マグロ刺身と殻付きウニとマグロのカマ焼きの割安マグロセットを食べた。マグロは少しだったが、何はともあれ大間のマグロが食べられてよかった。 

海辺の通りを歩いて、マグロのカマ焼きの実演販売を見たり、路地に入って干したタコやイカを軽トラックで売る様子などを見て回った。

駐車場の近くに弁天神社があった。海の幸、船の守護神を崇拝していた大間の漁民たちによって建てられた多くの祠の一つで、4月3日に「さがさんじ」と呼ばれる例大祭が行われる。「さがさんじ」とは、旧暦3月3日が訛ったといわれる。例大祭では、弁天島の本殿に大神楽を奉納するため弁天島に渡る。大間崎にある拝殿がこれである。
大間町内の稲荷神社では、全国的にも珍しい天妃様行列が行われる。天妃とは媽祖(まそ)と呼ばれ、中国宋時代以来、東南アジア各地の海辺地帯に祀られている海上守護の女神である。東北地方では大間だけに残されている祭りである。