半坪ビオトープの日記

アイヌ文化の森


旭川市北西にある広大な自然公園「嵐山」の園内に「アイヌ文化の森・伝承のコタン」がある。駐車場から石狩川の支流、オサラッペ川に架かるチノミシリルイカ橋を渡って公園に入る。チノミシリとは、我ら祈る場つまり聖なる山の意であり、ルイカとは橋の意である。

橋の手前の河川敷には、オオハンゴンソウ(Rudbeckia laciniata)の黄色い花がたくさん咲いていた。北米原産の帰化植物で、日本には明治中期に導入され、1955年には野生化した。今では全国に定着、繁殖しているため、環境省特定外来生物として駆除が進められているが、繁殖力が強く根絶は難しい。手前の朱色の八重咲きの花はヤブカンゾウ(Hemerocallis fulva var. kwanso)である。中国原産の多年生草本であり、栽培されていたものが全国で野生化している。八重咲きで結実しないが、匍匐茎を出して、主に河川敷で繁殖している。

上川アイヌの人々が聖なる地として崇めてきた嵐山の麓にある、北邦野草園内に旭川市博物館の分館「アイヌ文化の森・伝承のコタン」がある。
嵐山公園センター内にはアイヌ文化資料館が併設されている。

資料館入口にツリガネニンジン属の花が咲いていた。モイワシャジンの変種であるシラトリシャジン(Adenophora pereskiifolia ssp. uryuensis)と思われる。北海道西部、雨竜地方の特産種で、蛇紋岩地帯に生え、高さは30cmほどになる。葉はやや厚く、楕円形で互生する。花冠は先が広がった漏斗形で淡紫色である。

館内に入るといくつか鉢植えがあった。真っ赤な花びらの花は、エンビセンノウ(Lychnis wilfordii)である。北海道の日高山脈、本州の埼玉県と長野県の山地の草原に稀に生える多年草で、高さは50~80cmになる。茎の先に集散花序を出し、径3cmほどの深紅色の花を開く。5個の花弁の先端がツバメの羽(燕尾)のように4つに裂ける。

おりしも「アイヌの人びとの植物利用」の展示もされていた。これは樹皮で作ったアットゥシ(厚司)というアイヌの着物である。ニレ科のオヒョウの木の樹皮から作った繊維で織る布で、黄色味を帯びている。それにアイヌ紋を背や裾に刺している。

左の二つの袋は、サラニプという編み袋である。その下にあるのは、タラという背負い縄である。これらも樹皮からとる繊維で作る。長い棒はオオウバユリの掘り具である。その右の写真がオオウバユリで、トゥレプの名で食用にされ、アイヌが用いる植物質食品の中では穀物以上に重要視された。その下のドーナツ状のものが、オントゥレプという発酵させたオオウバユリで、こうして保存食にする。

資料館の右手に北邦野草園の入口がある。緑深い野草園には約600種類の植物が生育し、北方系野草の集成群としては国内唯一の野草園とされる。

野草園の右手に、アイヌの人達の住居「チセ」3棟および食料庫(プー)やトイレ(アシンル)を復元展示している。

掘立柱建物であるチセの中央には囲炉裏(アペオイ)が切られ、最深部の壁には神聖な窓(カムイプヤラ)が設けられている。
石狩川をもう少し下ると、アイヌ語で神の住む場所という神居古潭(カムイコタン)がある。石狩川の急流を望む景勝地で、春の桜、秋の紅葉が美しく、奇岩や甌穴群に伝説が残るアイヌの聖地なのだが、今回は行きそびれてしまった。
8月上旬に旭川から大雪山の廻りを一周しながら、4回日帰りトレッキングを試みた今回の北海道旅行もこれで終わりとなった。旭岳など登りたい山がまだ残っているので、いつの日かもう一度訪れたいと思う。