半坪ビオトープの日記

大山寺、鐘楼


今回の房総で最後に訪れたのは、大山千枚田の少し先、高蔵山の中腹にある大山寺不動堂である。駐車場から不動堂へ向う途中に高蔵神社へ上る参道と鳥居があった。

山の上にある高蔵神社への参道を右に見ながら先に進むと、正面に大山不動の側面が見える。大山不動は、成田山新勝寺、神奈川県の大山寺とともに関東三大不動といわれる。
切妻の妻飾りの懸魚や二重虹梁も重厚な造作を見せている。

右手の高台に見える高蔵神社は、通称を石尊様という。神亀元年(724)大山寺とともに良弁僧正が創建し、はじめは大山祇命を祀り大山神社と呼ばれた。その後、源頼朝の信仰厚く水田数町を寄せ、足利尊氏は祈雨満願によって水田を寄進、社殿及び400余段の石段を築造した。享和2年(1802)落雷のため社殿を焼失したが再建された。天保11年(1840)に正一位に叙せられ、石尊大権現高蔵神社と敬称する。現在の祭神は、日本武尊である。

不動堂手前左側に古めかしい鐘楼が建っている。不動堂よりも建築年代が早く、元禄2年(1689)の建築という。

後世の改修がほとんど施されていないため、その当寺の建築様式をとどめているといわれ、鴨川市有形文化財に指定されている。

蟇股の様式も図柄も初代伊八のものとはかなり違っている。初代伊八より百年も前で、残念ながら彫刻が誰のものかは分からない。

鐘楼の右手に古めかしい手水舎が建っている。ここの木鼻の獅子は、大正時代の三代後藤義光の彫刻という。