半坪ビオトープの日記

譲原の満福寺


藤岡市譲原(ゆずりはら)の国道沿いに、時宗の満福寺がある。正式には三波山清水院満福寺と称する。

山門の右手に大きな岩がある。満願石といって、三波石峡より長い時間をかけて、苦労して運んできたという。長さ3間半、重さ2万余貫といわれる。

満福寺の山門の近くに、十字架を刻んだお地蔵様があるといわれるが見落としてしまった。

迫力のある彫刻が施された山門もかなり古びているのだが、残念ながらいつ建てられたのかはわからない。

満福寺は、延文3年(1358)真下伊豆守勘解由左衛門尉吉行の開基と伝えられている。
本堂は、寛保2年(1742)に建立されていて、本尊は宝冠阿弥陀如来である。

宝物として、「紙本著色泰西王侯図」と「紙本著色達磨図」があり、説明板が立っている。泰西王侯図は、17世紀前半の作品で、遠近・陰影・光沢をもった南蛮絵として国の重文に指定されている。この譲原や鬼石、その対岸の渡瀬辺りには、昔、キリシタンがいたといわれるが、関連があるかもしれない。
渡瀬の神流川水辺公園では、毎年キリシタン殉教者を記念したミサが行われているという。

達磨図は、桃山時代の南蛮絵で、珍しく東洋の達磨を西洋風に描写している。ともに群馬県立歴史博物館に保管されている。

本堂手前左隅に朱塗りの鳥居と小さな境内社のような社が建っているが、これも詳細はわからない。