半坪ビオトープの日記


青葉山に築かれた仙台城近くの経ヶ峯に、伊達政宗の霊屋瑞鳳殿がある。その瑞鳳殿の入口に臨済宗の正宗山瑞鳳寺がある。
政宗菩提寺として寛永14年(1637)2代忠宗により創建された。本尊は釈迦、文殊、普賢の三体で、平泉毛越寺より遷したものである。

長い階段の参道を上り詰めると瑞鳳殿の涅槃門がある。政宗は70歳で生涯を閉じたが、その遺言に従い、瑞鳳寺と同じく寛永14年(1637)2代忠宗により創建された。
瑞鳳殿は、本殿・拝殿・御供所・涅槃門からなる豪華絢爛な桃山様式の廟建築で国宝だったが、感仙殿、善応殿とともに戦災で焼失した。

現在の廟は昭和54年に再建されたもので、さらに平成13年に大改修されている。涅槃門は樹齢数百年の青森檜葉を用い、焼失前と同様の豪華な飾り彫刻が施されている。

拝殿の門には「瑞鳳殿」の額が掲げられているが、周りの赤い色はサンゴで文字の白は真珠を砕いて貼付けてある。焼失前は青サンゴだったが、再建の際余りにも高価なので赤サンゴになったという。

平成13年の大改修で、瑞鳳殿も柱には彫刻獅子頭を屋根には竜頭瓦を復元し、創建当時の姿が甦った。空襲で焼失した霊屋が再建される際に行われた発掘調査で、完全な遺骨とともに多くの副葬品が発見され、資料館に展示されている。扁額の「瑞鳳殿」は忠宗の直筆と伝えられている。文字は金箔、地は群青(孔雀石の粉末)、額縁の龍は起上げ極彩色である。

江戸で亡くなった政宗は駕籠で仙台に運ばれ、葬儀の後 駕籠のまま石室に埋葬されていたそうだ。本殿両脇には、殉死した家臣15名および陪臣5名の宝篋印塔が並んでいる。

屋根には竜頭瓦が2個ずつ8個載っている。焼失前は1個50キロの青銅製だったが、再建後は10キロくらいという。また、焼失前の建物は木造だったが、再建後は鉄筋コンクリート製である。