半坪ビオトープの日記


今年の梅の開花は大幅に遅れ、偕楽園開園170周年記念水戸の梅まつりも終りに近づいた3月中旬になってようやく満開に近くなってきた。
駐車場はどこも混雑していたが、なんとか桜山駐車場の一番奥に止めることができた。梅桜橋を渡って偕楽園に向かう。

南門をくぐって偕楽園に入るとすぐの道の脇の斜面に正岡子規の句碑がある。明治22年(1889)4月5日に訪れた際に詠んだ句である。
「崖急に梅ことごとく斜めなり」

この辺りになると梅の木が多くなり紅梅と白梅が競い合って咲いている。

好文亭のすぐ下の櫟門(くぬぎもん)を通り抜けると、左手上に好文亭が見えるが、入口はその先をぐるっと回って芝前門、中の門を通ることになる。

左手に大きな「偕楽園記の碑」」が立っている。第9代徳川斉昭(烈公)は、天保12年(1841)から翌年にかけて偕楽園を造成したが、それに先立つ天保10年にこの園を造る趣旨を公示したものである。その碑の本文588字は、古篆体(こてんたい)という書体で刻まれ、陰陽調和、屈伸緩急の理論実践の場としてこの園造成の経緯を述べ、学び勤めかつ遊ぶという勉励と休養のバランスを常に心がける者こそわれと偕に楽しむ資格あり、として「偕楽園」と命名した真意を示している。