半坪ビオトープの日記

2022-01-01から1ヶ月間の記事一覧

原の辻遺跡=一支国王都復元公園

原の辻遺跡見取り図 公園内には駐車場がなく、公園もかなり広いので見取り図があって助かる。手前の遺跡範囲に10数棟の復元建物が建てられている。一支国博物館への道も示されている。近くには人面石の出土地点もあるようだ。 原の辻遺跡=原の辻一支国王…

一支博:広重展、原の辻ガイダンス

歌川広重肖像画 ちょうどこの夏、一支博では特別企画の広重展が開催されていた。広重の代表作「東海道五十三次」全55枚を中心に、壱岐を描いた「六十余州名所図会 壱岐志作」他が展示されている。歌川広重(寛政9年〜安政5年、1797-1858)は、江戸時代末…

一支国博物館2

壱岐国分寺跡 初日の國片主神社のすぐ西にあった壱岐国分寺跡は、別名・壱岐嶋分寺跡という。奈良時代、聖武天皇は全国に国分寺を建てるよう指示した。壱岐国では新たに建てず、統治者・壱岐直が建てた寺を壱岐国分寺に昇格させたと「延喜式」に記されている…

一支国博物館1

一支国博物館、『魏志倭人伝』 壱岐島の東南部の平原が、中国の史書に記されている倭国の一支国の跡に比定されている。『魏志倭人伝』では、「一大國」と記されるが、他の史書(魏略逸文、梁書や隋書・北史など)では「一支國」とされ、対馬國から末盧國の道…

壱岐イルカパーク、壱岐の土台石

壱岐イルカパーク 壱岐最北端の港町、勝本港は壱岐最大の漁師町である。『古事記』や『日本書紀』に記された神功皇后ゆかりの史跡や江戸時代の朝鮮通信使関連施設など、古代から近世まで日本と中国・朝鮮半島を結ぶ通行の要衝だった。それらの史跡巡りや、辰…